ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

修理後の一本歯下駄

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いつも散歩で一本歯下駄を履いているわけではなく、普通の近所散歩はスニーカーだ。
だけど普通の靴では一本歯下駄で歩いている時のような「筋肉を使っている」という感覚は全く無く、「ああ、多少は循環器や呼吸器の運動にはなっているかな」程度の手応えしかない。
それで「こんなものでいいのかな」という気持ちと、「近所を歩くのは飽きるなあ」なんて感覚が強くなって、つい酒屋に寄り道したり...
やはり「散歩も運動」なんて気持ち...つまり「ゴルフ」や「筋力維持」に役に立てたい、なんて気持ちになるには、ちょっと遠くの公園や歩き甲斐のある道を一本歯下駄で歩くのが一番いい。

歯の交換と鼻緒の調整が終わった一本歯下駄を少し履いてみた(1万歩ぐらい)が、その後の状態は写真の通り。
心配していた歯の「片減り」は、ゴムの減りを見る限りそれほど酷くはない。
まあ、普通のO脚といったところだろう。
交換前のあの歯の減り方は、材料の「木の強さ」に偏りがあったことも原因の一つではなかろうか。
確かに俺はガニ股ではあるが、あれほど偏って減ると簡単に捻挫しそうで歩くのが怖かったもの。
それもどちらも履いていて、歯の右側だけが減るというのも変だし。

その辺は、今回そこに貼り付けたゴムが意外に役に立っているようだし、カランコロンの音がなくなるのが寂しいというやつは、静かに歩けるので以前より注目されないという利点になったので結果オーライ。

困っているのが調整してもらった鼻緒。
まだ、キツくて親指と人差し指が痛くてしょうがない。
一度剥けた皮は治って厚くなったが(笑)、指の骨に食い込む分はまだ痣になる。
調整に出す前の「緩んだ鼻緒」は、下駄が足から簡単に離れたりするので非常に危険を感じたが、足から離れないのはいいけど痛いのも困る。
多分これは下駄に慣れるまでの少しの調整時間だと思う。
痛みさえなくなれば、緩みなく足にきちんと合ったマイ一本歯下駄として、素晴らしく履きやすくなるだろう。



なんたって、普通の散歩の距離でも数倍強く感じる筋肉の疲労やハリが「しっかり運動した」という自己満足になって...実に酒が美味いんだから。