ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

便利になっても幸せにならない「進歩」...2

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結局、こういうテーマはそこまで書くつもりはなくとも、最終的には「日本人の幸福」論に行き着くのかもしれない。

我々古い世代にとっての「幸福な人生の形」に、一つの仕事を諦めず努力し、学び、困難に耐え続けて腕を上げ、やがて他人には真似できないほどに熟達して、その腕に対する他人からの尊敬と賞賛と、自己の生き方に対する充足感と幸福感を得る「職人」という生き方があった。
ある時期、確かに日本ではそうした素晴らしい技術を持った「職人」というのは尊敬されていた。
そうした職人になれば、作ったものはより高く売れ、またそうした職人に学びたいという「弟子」達が集まり、裕福ではなくともしっかりとした生活が出来るような時代が結構長く続いていた。

だが最近のある時期から、そうした人達と全く関係の無い「元金貸し」系の現金を持った人たちが、大金を右から左へ動かすだけで巨額の収入を得て、職人達の生活を「貧民」とバカにするような世界になってしまった。
資本主義の名の下に「金を動かすだけの人間が、物を作る職人達をまるで愚かな奴隷を見るようにあざ笑う世界」...虚業で成功した成金の大金持ちが、コツコツ物を作る金を持っていない人達をバカにする時代だ。

そうした変化の兆しは、俺が20台の前半に新聞の募集広告でイラストレーターに応募して入ったデザイン事務所で感じ始めていた。
この事務所に入った時に紹介された、版下製作の部署のチーフが使い込んだ烏口(線を引く製図用具)を見せてくれて、「僕はこの烏口で1ミリの間に7本の線を弾けるんだよ」と自慢したのが強く記憶に残っている。
彼は暇さえあればその烏口の刃を砥石で研いでいたが...その作った版下は本当に細い線が綺麗に描かれていた。
その技術は他の版下制作の人ではとても引けなかったらしいが、間も無く製図用具のロットリングで0・1ミリの線は誰でも綺麗に弾けるようになったし、今ではパソコンのソフトでもっと細い線でも綺麗に引く事が出来る。
(...そのちょっと大きな銀座1丁目のデザイン事務所は、今はもう無い。)

そして、30歳の頃の印象的な事件。
当時俺は住んでいる近所の草野球のチームに誘われて入っていたが、そこの選手兼コーチ兼助監督をしていた当時30代後半のSさんの事。
彼は高校を出てからある中堅の印刷会社に入り、ずっとそこの「色作り」をしていた。
当時彼の仕事は、カラー印刷で使われる3色、あるいは4色の印刷用インキの原色から、ヘラで混ぜて使う色を作るという作業で、「俺のように速く正確にどんな色でも作れる職人はいない」というのが彼の自慢だった。
その部署のトップとして、難しい色の調整や後輩の教育を任せられていて、俺がイラストレーターと知った後は、「君のイラストは俺のところでやるならどんな色でも正確に作ってやるから」というのが口癖だった。
(確かに当時のカラーイラストは特色をいくつも使わない限り、元の色とはかけ離れた色で印刷されることが多かった...ピンクは真っ赤になり微妙な緑が墨を酷く被ったり「汚い」色になることが殆どで「いい色」を出してくれる職人は重宝だった))
...彼はいつも堂々と胸を張って陽気で豪快な男だった。

が、ある時、彼の印刷所で印刷機械が一新されて、彼の仕事が無くなった。
それまで人が作っていた色作りの作業は、コンピューターで色分解されて自動的に機械が作るようになり、彼の部署は解散したと噂で聞いた。
彼はクビにはならなかったが、それまで他の工員たちに尊敬されて大きな顔でいたのに、仕事は工場の掃除とか草むしりだけになったとか...半年近くは我慢したらしいが、最後は工場と喧嘩して辞めてしまった。
彼は呑んだくれることが多くなり、当然生活が厳しくなり共稼ぎで何とか数年暮らしたが、やがて2人の娘をそれぞれ1人ずつ引き取り離婚した。
陽気で豪快な彼はいなくなり、呑んで荒れている噂しか聞かなくなった。

彼らが自慢していた技術を手にするまでに、どのくらい頑張って努力し研鑽を重ねただろう。
「自分しかできない」と自他共に認める技術に達するまでに、どのくらいの時間が必要だったろう。
努力を続けてきた彼らに、慢心も奢りもなかった...むしろ自分の仕事に対して常に注意を怠らないほどに謙虚であったと思う。
ただ、それぞれの仕事をより便利にするための「進化」が、自分のやってきたことを「無し」にするような未来は予測できなかった。


じゃあ、どうすれば良かったのか...なんてことに答えはない。
人は皆、こうした事件が起きた事は知っていて、これを他山の石としてちゃんと記憶していたはずなのに、「進化という名の幸せ破壊」の波はより強大になりスピードを増して我々に襲いかかって来る。


(「警戒と油断」、は次回に)