ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

Don't think! Feel.



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まあ、有名な言葉だよな。
あのブルース・リーの「燃えよドラゴン」の中の台詞だが。

しかし、私が始めた30年以上前のゴルフでも、すでに極めてメカニカルでデジタルテイストな方法が上達の一番の近道とされていた。
つまり、シンプルで再現性の高いスイングで、精度の高い道具を使ってシンプルに合理的にコースを攻略する事が、ゴルフをプレーする正当で真っ当で常識的な方法であった。
クセのない合理的なスイングで、7番で150y打てる人の場合、どんなときでも7番で150y打てる事が「ゴルフが上手い」と言う事であり、その人の重要な基本データとなった。
つまり、ティーショットで自分のいつもの飛距離を打ててフェアウェイをキープしたら、残り距離は何ヤードなら何番と自分の表の中で決まっていて、それをシンプルに再現すればグリーンに乗るしスコアになる。
全ては数値で答えを合わせて、それを機械的に実行出来る程上級者になる。
風や他の天気の要素も、頭で考えて「マイナス1番手」とか「プラス2番手」などと計算する...同じスイングで。
この答えが合っている程、スコアは縮まるし、ハンデは小さくなり、「上級者」になって行く。
今ではゴルフをプレーする人ほぼ全員が、この道を歩いているはずだ。


そんな時代に、例えば「ヒッコリーゴルフ」だ。
何故こんな「飛ばない」「難しい」「スコアにならない」「すぐに壊れる」なんて道具で遊ぶ事が面白いのか?
確かに、たまに上手く打てた時の感触が気持ち良いにしても、だ。

このヒッコリークラブでのゴルフは、その
Don't  think!  Feel.
だからなのだ。
基本的に、現代のアイアンクラブが7~8本で機械的に打ち分けられる距離を、3~4本のクラブで打ち分けなくてはいけない。
デジタル感覚ではなく、アナログ感覚で「打ち分けて行く」のだ。
勿論普通にハーフショットやクォーターショットで打ち分ける事もするが、面白い事に「届くかどうか判らない」ではなく「届くと信じれば届く」のがアナログヒッコリーゴルフなのだ。
「届かないかな」なんて思うと、勿論届かない。

思えば、私がゴルフを始める前の「昭和のゴルフ」もそんな部分があった様に感じる。
ボールをひん曲げたり、自分なりの常識はずれの打ち方を考えて作りだしたり、「得意技」とも呼ばれる様な変則技の持ち主が多かったと聞く。

現代クラブは優秀なのは確かだが、それに頼りっきりで「何もかもクラブ任せ」と言うのではなく、「感じる」要素をもっと取り入れられたら、ゴルフをもっと深く楽しめるんじゃないか...そんな風に思う。


アゲンストにいつも「7番じゃダメだから6番か5番」じゃなくて、「今日は8番で届く気がする」なんて方が、面白いんじゃないか?
ただし、それで失敗しても責任なんか取れないけどね(笑)。