「年取っちゃったんだよなあ」
向かいに座っていたオヤジが、独り言を言い出した。
いつもの店が閉まっていたので、何となく入った始めての店。
結構客がいたので「外れ」じゃなさそうだと思ったんだけど、一人で飲んでいた年配の男と相席になった。
男は70歳半ばくらい...店の常連らしく、飲んでいる酒の一升瓶を持って来させてテーブルの上に置いていた。
こっちはさっき買った中古のドライバーを細長いビニール袋に入れていたんで、ゴルフをやっていると判ったらしい。
でも、別に話しかけている訳でもなさそうだ。
「始めたのは遅かったけど、やりたかったからすぐ夢中になったなあ,,,」
「一杯夢があったんだよなあ、あの頃は」
目をつぶって上手そうに杯に口を付けて...酒を口に含む。
「ここは、この酒が旨いよ」
「あ、そうですか...じゃ、あとで」
絡み酒じゃなさそうなので、ちょっと会話をする...マズいと感じた人のときは聞こえなかった振りをして、本でも読むんだけど。
「...昔、メンバーライフに憧れて会員権買ったけど、大損しちまったなあ...」
「...シングルになって、クラチャン狙おうなんて夢もあったけどなあ...」
「...仕事が忙しくちゃ無理だったんだよなあ...」
「お兄さん若いなあ、いくつ?」
「いえ、もう33です、若くはないですよ」
「競技はやってるの?」
「はあ、安い会員権でもそのうち買ってハンデとろうかと...」
「今ならいいねえ、無理しなくて買えて...競技やったら上手くなるよ、若いから」
「...俺はね、ゴルフってのはいつまでも上手くなれると思ってたんだけどなあ...」
「...でもね、年取ると止まっちゃうのよ...てより、下手になっちまうんだなあ...」
「...なんとかしようって一生懸命練習したって、あちこち痛くなるだけで...だんだん力も無くなって来て飛ばなくなるんだ...」
このオヤジ、ゴルフ上手いのか? 下手なのか?
話を聞いていてもよくわからない。
「...それにね、若い頃はセント・アンドリュースやペブルビーチなんかでも、必ずいつかプレーする時が来るって思ってたのに...」
話が飛ぶ...
「...気がついたら、年をとっちまってもうそんな事が叶わなくなってるって訳なんだ...」
「...それどころか、北海道や九州のゴルフ場だって行けそうもないし」
「...まだまだ時間があると思ってたら、もう時間はなくなってたってこった...」
「お兄さんはゴルフが好きかい?」
「ええ、今熱中してます」
「そうだろうねえ..俺も未だにゴルフが好きなんだ」
「...飛ばないし、あちこち痛いし、スコアは悪くなる一方だし、プレーする金にも不自由していて.あんまりラウンド出来ない..なのにゴルフの事考えてる時間は昔より多いくらいなんだ」
「ごめんな、お兄さんのお酒の邪魔をして」
「それ買ったばかりのクラブだろ?」
「つい、気になっちまってさ」
「...ライバルや先輩やゴルフ仲間が、一杯いるんだろ?」
また話が飛んだ。
「...年取るとそう言うのがだんだんいなくなるんだ...」
「...ゴルフの話する仲間がいるって、幸せなんだよな...あとでいなくなってから判るんだけどさ」
その間に徳利を2回注文して,半分眠った様な話し方になって来た。
話が止まった時、生ビール2杯目が空いてつまみも食べ終わった。
今週末の月例でこの買ったばかりのドライバーを使うために明日は練習しなくちゃ、と席を立とうとするとき、そのオヤジが独り言のように声を出した。
「...楽しめよ、若者!」