ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

再び...

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Nさんは、ゴルフショップでキラキラと光り輝く新しいクラブを見てため息をついた。

「ここじゃあ、手が出ないな」
一応ラウンドが出来るだけの、全ての道具を揃えなければならなかった。
それも、出来るだけ安く。

中古クラブ屋に行って、レディース用のアイアンセットを買い、3世代くらい前のドライバーを手に入れ、もっと古いフェアウェイウッドを2本買い、ロストボールを買い、軽量バッグを買うと6万円になった。
「あとシューズが必要だし、手袋とボストンバッグか...」
「予算を1万円以上オーバーだけど、何とかなるか。」
「それに社員コンペのラウンドフィーが1万円...練習するお金はないな。」
「しょうがない、当日まで素振りだけ続けよう。」

10年以上勤めた会社を辞めたのは2年前。
新しく入った会社ではゴルフが盛んで、去年はうまく言い訳して参加しなかったが、今年は逃げられずに参加する事になってしまった。
前にいた会社より社員の平均年齢が若く、待遇も悪くはない働きやすい会社なので、意地になって断り続けて雰囲気を壊すのを避けたかった。
「女性の参加者が少ないから、みんな期待してますよ」なんて言われたし...若い女性って訳でもないのに。

ゴルフをラウンドするのは、20年ぶりくらいか...
バブルがはじけて、父親が経営していた会社が倒産してからは、クラブに触る事は無かった。
それ以前....中学生になった頃に、父親がメンバーだったコースの「ジュニアスクール」というのに参加させられてゴルフを始めた。
メンバーの子弟用のスクールだったので、少ない人数の参加者にコースの所属プロが複数ついて、ルールや技術を丁寧に教えられた。
空いているホールや、バンカーやラフなどで実際のショットをするので上達するのも早かった。
競技に出たりはしなかったが、中学の2~3年の時には父親と一緒に月1回はラウンドして、90は切れるようになった。

だんだんとゴルフが好きになってきた頃、バブルがはじけて父親の会社が倒産した。
経営が悪くなった訳ではなく、銀行が資金を貸してくれなくなり、借りていた資金を返せと迫るようになり...ついに「不渡り」を出してしまった、と父に聞いた。
資金繰りのためにコースの会員権は売り払い、家も土地も売ってアパート暮らしになった。
当然それ以来、ゴルフとは一切縁がなくなった。

父親がまだ働きながら借金を返しているので、Nさんも給料の一部を父親に送り続けている。
そんな暮らしの中で、本当はゴルフを始めるにはまだ無理があると思っているけれど、こんな事情でゴルフをまた始める事になるというのも、何か人生の流れが変わるきっかけになりそうな気がする。
父親の借金も残りはそんなに多くないと聞いてるし、自分がゴルフを再会して楽しむようになれば、元はシングルだった父親もきっとまたゴルフをやりたくなるに違いない。
あの当時、「お前と一緒にゴルフをやるのが一番楽しい」といつも言っていた父だから、借金を返し終わって娘と一緒にゴルフをやる事が、父の今の暮らしの夢になるだろう。

来月の第2日曜日。
会社のコンペが、本当に久しぶりのゴルフ再開の記念日になる。
父と再びゴルフを一緒に遊ぶ夢の、スタートの日となる。

「お父さん、今度一緒にラウンドする時には、あのとき我慢していた生ビールも私と一緒に飲めるわよ。」