ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

プライド

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「なんでゴルフやらないの?」
「いやあ、あんなスポーツとはいえない球遊びはやりたくないので...」

Hさんは最近多いそうした会話が嫌でしょうがない。
40代も間近になって、社内でゴルフをやらないのは少数派になった。
Hさん以外のゴルフをやらない人は、高齢であったり身体に障害があったり、家庭の事情でやりたくても出来ない人ばかりだった。

それに比べて、Hさんは学生時代はバスケットボールやラグビーでならし、今でもテニスや水泳や山登りを楽しむ自他共に認めるスポーツマンだったので、なおさらゴルフをやらないことが不思議に思われていた。
「ゴルフ始めたら、きっとすぐにシングルになれるのにね」
「あの鍛えた身体だもの、きっと飛ぶし凄い球を打つんだろうなあ」
そんな風に言われているのも聞こえていた。
「まあHさんにとっちゃ、あんなのんびりした遊びはまだやる気にならないんだろうなあ」

本当は違った。
それまでやっていた色々なスポーツが、30代半ばを過ぎて「試合」というもののレギュラーから引退する時期になり、Hさんは自分が「試合」を出来るスポーツを探していた。
10代の初めから色々なスポーツに熱中し、その熱中したスポーツ全てでレギュラー...というより中心選手、エースとして活躍して来たHさんは、その真剣勝負の試合の緊張感と高揚感にまるで中毒のように陶酔して来た。
それが、年齢とともに身体も思うように動かなくなり、持久力も無くなり、何より以前出来たことが日に日に出来なくなる自分に焦りと無力感を覚えていた。
そして、それぞれのスポーツでエースの座を若手に譲り、現役選手としてよりベテラン・コーチの役目をしなければならなくなった自分に虚しさを覚えていた。

「真剣に全力で試合がしたい」
「夢中になって戦える場が欲しい」
「もう一度、あの緊張感と高揚感を味わいたい」

そこでゴルフに目を向けた。
ゴルフは30代・40代の選手でも充分に現役として試合をしている。
これなら、これからも自分はきっとエースとして「試合」「競技」をやって行ける。

甘かった。
いつも相手がいて、それを上回る動きの速さとパワーで相手を圧倒して来た自分だったが...ゴルフは相手がいなかった。
ボールは動かない...相手がボールを動かして来ない。
自分だけが動いて、ボールを動かす。
...勝手が違った。
上手く行かない。

ゴルフを始めた時から「さすがにHさんだ、ゴルフも凄いや」と言われたくて、会社の人間に内緒で遠い練習場で密かに練習し、近所の人とコースにも出たのだが...
何もかも上手く行かなかった。
普通のへたくそと言われている人と何も変わらなかった。
「こんなはずじゃ..」と思っても、ますます酷くなるばかり。
焦れば焦るだけ、さらに悪い方に流れて行く。
どんなに自分の運動能力とパワーを使っても、惨めな結果になるだけだった。

そして、会社のコンペがあったとき(Hさんは当然参加してなかったが)、他のスポーツではHさんがいつもからかってばかりいたような連中が、皆Hさんより遥かにいいスコア(と言っても100を切る程度)だったのを聞いて愕然とした。
もしHさんがゴルフをやったら、Hさんの「スポーツ万能」の評判は地に落ちるのは明らかだった。
今まで、他のスポーツで半分馬鹿にして笑っていた相手に、逆に笑われるに決まっている。

...プライドが許さない。

Hさんは、生涯ゴルフをしないことに決めた。
「俺にはゴルフは絶対向いていない」

ただ、二度だけ行った河川敷コースの、青空だけが記憶に残った。