ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

感謝と共に...

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Hさんは、76の誕生日を機に運転免許証を返納した。
切っ掛けはゴルフからの帰り道、いつも通る裏道の「大型車の通行を制限する為のゲート」の柱に2回続けて接触した事だった。
Hさんの車は普通車で、以前なら別にスピードを緩める事も無く平気で通過していた場所で、それほど車体幅ぎりぎりの門でもなかった。
1回目は「まさか!」という思いだったが、軽く左のバックミラーが接触した。
しかし、二度目は判っていて注意していたにも関わらず、前回より酷く接触してバックミラーは破損した。
「これが人間相手だったら...」とHさんは心底ぞっとした...と同時に、以前だったら何ともなかったその1~2時間の運転に酷く疲れを感じる様になって来ている事を自覚していた。
「そろそろ、そんな時期かな」
そして正直な所、年金暮らしの自分には車の維持費が負担だった事もあり、免許返納を決めた。

それと同時に、ゴルフもやめた。
「もう十分に楽しんだ...自分は凄くラッキーだった」
ゴルフをやめる事はもう4~5年前から頭にあった...40過ぎから始めてもう35年、楽しかったし生き甲斐でもあったけど、もう一緒に楽しんで来た仲間は殆ど残っていない。
亡くなったり、身体を壊したり、「経済的にもう無理だから」という理由でクラブを置いたり...ホームコースに行っても年齢の若い人ばかりになってしまった。
妻はゴルフをやらないし、子供達もゴルフをやらない...と言うより、子供達は真面目に働いても車も持てない収入で結婚さえままならないのに、ゴルフをやれる訳が無い。
Hさんは仕事が順調だった頃、バブル景気に煽られてゴルフ雑誌に載っていた「夢のメンバーライフ」「名門のクラブライフ」とやらに憧れ、土地を担保に借金して有名ゴルファーが設計した新設コースの会員権を買った事があった....当然その後破産してHさんも莫大な借金を負う事になってしまった。
言わばHさんは、当時のメディアに騙された沢山の「馬鹿な」ゴルファーの一人だった....今では「あんなメンバーライフなんてモノは、限られた名門コースで限られた人達だけに許された物で、我々庶民には全然関係無かったのだ」なんて言う思いだけが苦く残っている。
もしそんな夢を見なければ、Hさんは子供にもゴルフをやらせて、今頃は庶民なりの家族ゴルフを楽しんでいられたかもしれないのに...

それでもHさんには、バブル以前に入っていた大衆コースがあり、そこでの仲間とのゴルフはやめる事は無かった。
しかし、そんなゴルフも仲間の年が70を越えると共にだんだん消えて行った。
そして、自分の番が来た。
ゴルフで苦労もしたけど、ゴルフをやれて良かった。
車が無くなる事で、自分もようやくゴルフをやめる決心が出来た。
この楽しさと喜びを子供達に繋いで行けなかったのだけが心残りだ。
会員権は売ってもひと月分の小遣いにもならず、妻と美味しい物を食べに行って終わり。

キャディーバッグやクラブは中古クラブ屋にも売れず、処分にも金がかかるので物置に置いている。

最近、隣の人に誘われてグランドゴルフと言うのを見に行って来た。
楽しそうにやっていたので「それもいいか」なんて思っていたら、その近所でゴルフの様にスイングして変な物を打っている人達を見かけた。
まるで大きなバドミントンの羽根の様な物を、ゴルフスイングそのままで飛ばす...ターゲットバードゴルフ、と言っていた。
クラブはゴルフのピッチングウェッジ、技術はゴルフと同じ、揃えなくてはいけないのは羽根とマット...申し込みは市役所に?
これでもやろうか...これならゴルフをやめた寂しさが少しは紛れそうだ。

Hさんは、感謝と共にゴルフを去った。
でも、生きている限り自分の中から「ゴルフ」が消える事は無いだろう。

たとえ新たな出会いが「もどき」であっても、それで触発される「ゴルフ」はきっとまた自分を楽しませてくれる。
Hさんは、そう思っている。