ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

別れ

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Kさんの所属するサークルの、ベテランの会員Tさんがサークルをやめることになった。
穏やかで優しい人で、サークルの中では若い方でスコアも悪いKさんにとっては、頼れる先輩でもあったし気の合う仲間でもあった。
Tさんのゴルフはいつも100前後と特別良い方ではなかったが、楽しそうなプレー態度と正確なルールやマナーの知識で、Kさんはゴルファーとして尊敬していた。

二月に一度のサークルのコンペには必ず参加して、コンペのない月には旦那さんといろいろなコースをプレーしていたと言う。
Tさんの旦那さんはそれなりに上手い人で、ゴルフのマナーとルールは旦那さんに教わったと言っていた。
クラブは十年くらい前に、旦那さんの退職金で買い揃えたというウッドセットとアイアンセットをずっと使っていた。

そのTさんの旦那さんが、昨年亡くなった。
それ以来、サークルの練習にもコンペにもTさんは来なくなった。

半年程過ぎたある日、Kさんの所にTさんが訪ねて来た。
今の家を売り払って、関西にいる息子夫婦の家の近くにアパートを借りて住むことになったと。
元々関西出身で、夫の転勤で東京に来て、そのまま家を買って長く住んで来たが、夫が亡くなった後子供達が一人暮らしを心配していて、いろいろと話し合ったの結果そう決めたとのこと。
長男夫婦の家の近くというのも、共稼ぎのため子供の育児を手伝って欲しいと頼まれたことが一番の理由で、しばらくは育児で忙しくなるらしい。

「それで、長くサークルでゴルフを楽しませてもらったので、サークルの人に挨拶しておこうと思って..」
「中でもあなたには親しくしてもらっていたので、何かお礼をって思ったんだけど...」
「こんなものしか思い当たらなかったの..」

両手で手渡してくれたのは、小さな小物と小さな箱と小さな缶。
「私のゴルフ道具はどれも十年以上前のもので古いし、若いあなたには合わないしで...」

小さな箱は今評判の女性用ボール1スリーブ。
「これ高いボールだったので、いつかちゃんとしたコンペの時に使おうと持っていたんだけれど。」

小さな缶の中には、カラフルなティーが一杯入っている。
「ちょっと前にあんまり色が奇麗だから買っておいたんだけど、使わなかったから。」

小さな小物は、奇麗な色に光り輝くクリップマーカーが一つ。
「このガラスのはスワロフスキーので、あたしの一番のお気に入りだったの。」
「私の大事なお気に入りだったから、是非あなたに使ってほしいと思って...」

「うちの主人が死んでからいろいろ考えて、ゴルフはもう卒業することにしたのよ。」
「これからは年金と貯金で暮らして行かなくちゃならないし、孫の育児の手伝いで忙しくてゴルフをやる余裕はもう無くなるから。」

もう古いクラブは中古屋に売って処分して(数千円にしかならなかったそうだ)、キャディーバッグも燃えないゴミで出してしまった、と。

「今迄とっても楽しかったわ」
「私のゴルフは主人と一緒に終わったのね。」
「捨てられなかった小物をあなたに貰って頂ければ、私は思い残すこと無く関西に行けるわ。」

「どうもありがとう。 あなたと一緒に遊んだゴルフは本当に楽しかったわ。」

...ボールとティーとクリップマーカーと。

小さなスワロフスキーのクリップマーカーは、まるでダイヤモンドのように輝いている。

Kさんは、次のゴルフの時からずっとこのマーカーを使い続ける、と確信している。