ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

天才...2

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大きくはない会社で、中間管理職として忙しい日々を送っているKさんは、仕事以外の自分の使える時間の殆どをゴルフにかけている。

仕事で必要となって30過ぎて始めたゴルフだが、すぐにその面白さに気がついて夢中になった。
しかし、いつも元気一杯でエネルギッシュなKさんだったけど、ゴルフの腕はなかなか上がらなかった。
それでも怠けずに努力を続け、レッスン書を買ったり、DVDを買って研究したり、レッスンプロについたりもしてゴルフを続けた。

同僚とゴルフのサークルを作り、部下にもゴルフを勧め、手ほどきし、年に2~3回会社のコンペを幹事となって開催し、そのゴルフ好きは会社中に知れ渡っていた。

...ただ、腕はあまり上がらなかった。
10年やって、アベレージは90前後。
良ければ80そこそこもあるけれど、ちょっとしくじると100を打つ。
スライスが直らず、奇麗なドローボールなんて打ったことがない。

それでも、何時だって酒を飲めば熱くゴルフを語るKさんだった。
...が、ある時、社内のゴルフ好き5人で酒を飲んでいて、Kさんが一言もゴルフのことを語らなかった。

それを不思議に思った同僚が、Kさんにゴルフの話を差し向けると、何となく神妙な面持ちでいつもと違う小さな声で話し出した。

「女房なんですよ。」
「この前、近所の練習場に行く時に、何となく女房を誘ってみたんですよ。」
「まあ、女房はゴルフなんてやったことがなかったので、練習場がどんなものか興味があったんでしょう...買い物ついでということ、でサンダルにジーパンで一緒に車に乗りまして」
「私がいつものように打っているのを、後ろに座って見てたんですよ。」
「そのうち一服しようとした時に、女房に打ってみるか?って聞いたんですよ。」
「握り方を教えて、一応こんな風に上げて、こんな風に振り下ろして...なんて。」
「あら、あなたそんな風にあげて下ろしてなかったわよ、なんて言いやがったんですが」
「ただ、私はレッスン書やDVDは一杯見てますから、他人には正しい事が言えると思うんですよ...勿論自分じゃ出来ないんですが。」

「そしたら...当たるんですよ。」
「男物のRシャフトの私のクラブを、見よう見まねで振って、ちゃんと当たるんですよ。」
「勿論、最初は飛んで行く方向はバラバラだったんですが。」
「でも、20球も打つうちにね、ちゃんと飛んで行くんですよ。」
「それも、奇麗なドローボールでね。」
「私、十年やっていてあんなボール打ったことありません。」
「多分飛距離はそんなに出てないと思うんだけど、アイアンだってドライバーだって、当たるんですよ。」

「もう私、なんにも言えなくなって...」
「やっとの思いで...おい、お前もゴルフやって見るか?...って言ったんですよ」

「あいつ、汗をかいた顔で振り返って、これ 気持ちいいのね、って嬉しそうに...」
「でも、あたしはいいわ。 まだ子供にお金がかかるから、二人でゴルフは無理でしょ...って。」

「うちのが特に運動が得意だったなんて聞いてないし、普段見ててもそんなに運動神経がいいとも思えないのに..」
「自分はこの10年、ゴルフに時間と金と情熱の殆どをかけて努力して来たのに...」
「明らかに女房の方が才能があるって判ったんですよ...でも、女房はゴルフやらないって言うし、女房の才能を知っちゃった自分が、そのまま下手なゴルフを金と時間をかけて楽しんでいていいのかどうか...」

Kさんの言葉を聞いて、始めは冷やかそうとしたりからかおうとした仲間も、Kさんが真剣な顔で苦悩の表情を浮かべていたのに気がついて言葉を飲み込んでしまった。
「...自分の女房にそんな才能があるなんて、全然気がつかなかった。」

「俺がゴルフ続けていいのかなあ...」

,,,Kさんの背中が震えていたように見えた。