ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

近況

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夜遅く、K子さんの携帯が鳴った。
夜遅い電話は、「何か悪い知らせなんじゃないか?」と言う不安があって好きじゃない。
おそるおそる携帯を手に取って電話に出ると、「あの~、K子さん? 夜遅く電話ごめんね」と言う声。

始めは誰か判らなかったが、名前を聞いてやっと思い出した。
もう十年も前にやめたゴルフサークルの友人だった人。
それは、二十年ほど前にゴルフ練習場の初心者教室に通ったことから、そこで誘われて参加した女性ばかりのゴルフサークルだった。
同じ年代の人が多かったし、年上の女性達は皆優雅で優しく、おおらかなお金持ちの女性と言う感じで、実にサークルの雰囲気が良かった。
そこでは、週1回の練習と月1回のラウンド、それに3ラウンドに一回のコンペが定期的にあった。
週1回話題の共通する仲間と会い、月1回のラウンドでいろいろと教えてもらい、3ヶ月に1回のコンペは賞品や賞金がついて、ワクワクドキドキのゴルフになって実に楽しかった。

特に楽しかったのが、毎週一回の練習後に昼食をとりながらのおしゃべり。
1時間2時間はあっという間に過ぎた。

そんな楽しいサークルも、時間とともに雰囲気が変わって行った。
「不景気」と言われる事が多くなると、会はその夫の収入によっていくつかのグループに分かれるようになった。
と言っても、「お金持ち」の人達はずっと親切で変わらなかったのだけど、夫が不景気の影響を受けた人達がそうした人達との付き合いを避けるようになった。
つまり正直に言えば、付き合うお金が足りなくなったという事なんだけど。
そうした人達は、ゴルフを続けるためにパートやバイトをするようになり、結果として練習に行く時間が取り難くなった。

K子さんもパートを始めたが、練習に行く曜日は避けていたのでお茶飲み話の楽しい時間を続けることが出来た。
しかし、持ち回りの「役員」が回って来た時、トラブルが起きた。
以前からK子さんをライバル視していた女性が、K子さんの決めたことに対して反対をしたのだ。
この女性は年は少し上だが、K子さんと何時も同じようなスコアでラウンドして来るので、K子さんを一方的にライバル視している存在だった。
この女性は理屈っぽくてK子さんの苦手な存在だったため、お茶飲みの時などに一緒になることは避けていたのだが、役員になったためにやむを得ず意見を聞くと、必ずK子さんの意見に反対した。
特にコンペの時の決まりやコースの選定には、原則全員一致がサークルの決まりだったので彼女の反対には悩んだ。
何回も交渉した結果、最後は彼女の意見を通してやっと決まったが、不手際とその結果に文句が多く出て、その後K子さんはそのサークルを退会した。
夫の収入が減って、ますます余裕が無くなったことも大きな原因だったけど。

それ以来、何度か再入会の誘いは来たけれど、K子さんは戻らなかった。

今回も、その再入会の誘いだった。
以前K子さんがいた頃は30人を越えていたメンバーが、今では10人を切ってしまったらしい。
その退会した人の多くが、「経済的な余裕が無くなった」と言う理由だったとか。
そして、K子さんに対抗心を燃やしていた女性も退会していた。
...ある朝、夫が起きて来なかったのだと...

そして何人か居た、悠々自適の女性達も退会したらしい。
しかし、その人達は海外に老後の移住をしたり、あるいは贅沢な有料老人ホームに入ったりとかの理由らしい。

今は、K子さんはやはりサークルを退会した仲の良い女性達3人で、2ヶ月に1回ほどラウンドしている。
皆経済状況が似たようなものなので、安いコース中心に回っていてそれに不満は無い。
楽しい時代の楽しい記憶だけれど、あのサークルに再び入ることは無い。
誘いの電話を受けた所で、あの頃から時は流れて人も楽しみ方も変わってしまった。
あの時代は終わったのだ、とK子さんは思う。

でも、ゴルフ自体は今の方があの頃よりずっと楽しんでいるような気がしている。
きっと、ゴルフって「人生の苦労をした人の方が、よりゴルフの楽しみを深く知ることが出来る」ゲームなんだ。

うん、自分は最近ゴルフについて偉そうなことを思えるようになったもんだ...と、K子さんは携帯を切って、ニヤッと笑う。