ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

記憶にある夏は...

そうか、ずっと続いていた海のキャンプの夏は、もう20年前に終わってしまっていたんだなあ...

下の娘がまだ満足に歩けない時から、長い夏休みが取れなくなる20歳過ぎまで、毎年夏休みの間に一週間から10日間、館山の先の根本キャンプ場での海辺のキャンプを続けていた。
ただ海岸の草地にテントを張り、何にもしない一週間...俺は毎日缶ビールを飲みながら子供の見張りとテント周りの整備と食料の買い出しとスケッチと昼寝。
奥さんは洗濯と夕食作り、娘は海遊びと昼寝をしたり本を読んだり...
俺が毎日飯盒で飯を炊き、朝飯は卵焼きと何か、昼はカップ麺、夜は俺が銀座明治屋で買ってきた結構高めの缶詰料理。
バーベキューは無し、ランクルやサファリにキャンプ用の椅子やテーブルを積んできて、何もしないで済む快適なタープ下の空間を作って寛ぐ。

後年、キャンピングカーに代わってから北海道や東北キャンプ旅行になることがあったが、この根本キャンプ場のキャンプも続けていた。

が、それも今はもう行かなくなった...当然だろうが、娘たちが「夏休み」を取れる期間だから行けた事。
社会人になった今は、みんなもう遠い思い出だ。

「そういえば、今頃からだったよな」なんて、この時期になると思い出す。
天気予報と仕事の流れを見て、8月第一週が多かった。
なぜなら、8月第一週の日曜日にはこのキャンプ場のある地区の「祭り」があり、その山車と流れる笛の音と太鼓のお囃子が気に入っていたから。

行く前には「日焼けが」とか「洗濯が大変だし...」とか言って、あまり気が乗ってそうもなかったうちの奥さんが、2日もすると「もうあと何日ねえ」なんて言って帰りたがらないのが例年のパターンだった。
娘たちは岩場で遊び砂浜で遊び、テントの日陰で読書を楽しみ、疲れたら大の字になって昼寝する毎日...疲れ知らずのエネルギーに呆れたものだった。

俺はといえば、朝目が覚めたら一本、娘たちが遊ぶのを足ビレをつけたままで見守りながら一本、日が沈むのを見て一本、星を見ながら一本...バドワイザーが旨かった。


今は、燃え上がる太陽には逃げ回るしか無く、クーラーの効いてる場所か、日陰(なかったら日傘当然)が夏の間の俺の居場所。
遠い思い出に帰る元気は既に無い。

 

コロナがだんだん迫って来ている。
これは、疫病なのかただの風邪か?
熱が出ても、医者に見てももらえない状況で、患者はどうしろと?
ニュースだけ見ても、既に医療は崩壊しているだろ?

その経口治療薬が承認されないのも、元首相に対するテロが結果的にカルト宗教と政治家の癒着まで報道され始めたのも...ひょっとして誰かの思惑通り?

流される情報に裏があるのは感じてはいるけど、一体何が真実なのか、誰かが仕掛けているのか、我々は誰かの手の上で転がされているのか...判断が実に難しい。

(あの頃に比べると、世の中なんと複雑怪奇になったものか...)