ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

除名

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Hさんは、明るいショーウィンドーの前でふと足を遅めてしまう。
仕事の終わった帰り道。
夕闇迫る街角に、ひときわ明るいゴルフショプのショーウィンドー。
そこには、来るべきゴルフシーズンに向けて、今年の新製品とやらが飾られている。

極力そういう情報に触れないようにして来たので、何が売り文句の新製品かは知らないが、自分のやっていた頃からはずいぶん形も色も違って来たものだと思う。

30歳を過ぎて、仕事で必要だからいうことで始めたゴルフだった。
そんなに運動神経は良い方ではなかったが、自分には合っていたようだった。
同じ頃に始めた同僚よりはずっと上達が早く、すぐに同僚達は相手にならなくなった。

いわゆる接待ゴルフもうまくこなせるようになって、ますます熱中したHさんは、「もっとゴルフをやりたい」という思いで大衆コースの会員権を買った。
接待ゴルフではない、真剣な競技ゴルフで自分を試したくなったのだ。
初めてもらったハンデは18、Bクラスだった。
毎月の月例には欠かさず出るように心がけて、間もなくハンデ13からのAクラスに昇格できた。
2年ほどでハンデ10になったHさんは、クラブのメイン競技...理事長杯やクラチャンにも参加し始めた。
理事長杯はなんとか予選突破も出来たりしたが、クラチャン予選の壁は厚かった。
2年弾き返され続けた...ハンデも10から上の壁は厚かった。
しかし、クラチャン予選を突破後の「マッチプレー」というものを一度やって見たくて、自分なりの努力を重ねた。

そして3回目のクラチャン予選...パットがよく入った。
5メートルはあるパーパットが3回入った。
チップインのバーディーがあった。
バンカーから、ラフから、奇跡的にカップに寄った。

終わってみると、最下位ではあったが初の予選突破になった。
その次の週に、初めてのマッチプレーが出来る喜びで、その夜の酒は旨かった。

当然、マッチプレーの前夜は興奮して眠る事も出来ずにコースに向かった。

初めてのマッチプレーは、一応勉強して行ったのに戸惑う事ばかりだった。
しかも相手は、ぶっちぎりでメダリストとなった、クラブの顔のようなハンデ1の若い男。
1番ティーから緊張と興奮で、手や足が震えて普段の自分のゴルフが全く出来ない。
おまけに、緊張のために「お先に」なんてやってしまって、「マッチでは遠い人からですよ」なんて注意されたり、相手が2オンしているのに自分はOBのあげく、打ち直して4オンしてさらにパットを打ったり...
カップそばに行った相手のボールに、気がつかずに自分のキャディーに「ああいうのはオーケーを出すんですよ」なんて促されたり...
「浮き足立っている」というまんまのゴルフで、あっという間に7ホール連続のダウンとなった。
バタバタになっている自分は、一つもパーがとれないのだから当たり前の結果だったんだけど。

しかし、8番ホールで相手が1メートルもないパットを外して分ける事が出来た。
続いての9番ホールでも同じように相手が短いパットを外して、分けた。

このままでは連続10ホール取られて、完敗でマッチを終えてしまう、と思っていたHさんは本当にほっとして前半戦を終えた。
いくら相手が強いと言っても、10ホール連続でダウンして負けたのでは、情けなさ過ぎる。

後半迄15分の休憩という事で、Hさんはトイレに駆け込んだ...緊張でお腹の調子迄狂ったようだった。
そこに話し声が聞こえて来た。
「どう? 結構善戦してる?」
「いやあ、相手になんねえよ。 マッチなんてやった事ないおっさんだよ。」
「その割に、7つしかとってないじゃない。」
「次がちょっと手強いだろ、このままじゃ待ち時間が長くなるんで、2-3ホール伸ばして練習するんだよ。」
「じゃあな、決勝で会おう。」
「ああ、待ってるぜ。」

それでわかった。
あの二ホールは、わざと外したんだ。
トイレから出た時の自分の顔は、少し引きつっていたと思う。

後半が始まって10番ホール、自分は必死にパーを取りに行ったが、やはりカップに蹴られてボギーとなった。
相手はやはり1メートルもないパット。
オーケーを出そうと思ったけれど、トイレで聞いた話を確かめたくて見ていた...やはり、外して分けた。
11番分け。
12番のドーミーホール、多分練習が終わったんだろう、ハンデ1の難ホールで1ピンのバーディーパットを真ん中から入れられて、マッチは終わった。

「どうもありがとうございました。」という自分の言葉に、「どうも」目もあわさずにそっぽを向いて投げ捨てたような言葉に...キレてしまった。

前代未聞の事件という事で、コース除名という事になった。
Hさんは、何も釈明しなかった。
それからHさんは、ゴルフを辞めた。
10年以上になる。

しかし...
最近、ゴルフショップの明かりが眩しい。
無意識のうちに、ゴルフスイングのような事をしている自分に気がつく。
しばらく見ていないゴルフ場の風景を、たまらなく懐かしく感じる事がある。