ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

追いかけた男

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ゴルフのうまい男だった。
「上手い」というより「強い」という言葉の方が近いかもしれないゴルフをした。
なんでも、若い頃練習場でバイトをしていたとかで、一時期プロを目指そうなんて思ったことがあったと話していた。
...しかし、間もなく結婚することになり、「正業」について真面目に働いて来たのだとも。

ゴルフ仲間の友人ということで知り合い、何度かゴルフを一緒にすることになったが、お世辞にも奇麗なスイングとは言い難いのに、ほとんどのラウンドを75前後で回って来た。
ドライバーは飛ぶし、アイアンは切れる、おまけにトレビノばりの柔らかいタッチのパットが上手くて、ニギリは殆どひとり勝ちしていた。
唯一の欠点はドライバーを振り回し過ぎるので、たまにフックして大トラブルになることくらいだった。

驚いたのは、彼のアイアンを見せてもらったとき...古いマグレガーのアイアンだったが、グリップしてみるとみんなグリップの種類が違う...ほとんどがコード入りのバックラインありだったが、柔らかかったり、硬かったり、フックに入っていたり、スライスに入っていたり...あげくの果てに2本は破れかけていた。
「なんだ! このグリップはみんな違うじゃないか!」
「なんかおかしいか? 俺はずっとこれでやって来たんだけど..」
「グリップいつ変えた?」
「そういえば使い始めてから変えてないな」

聞けば、貰ったそのアイアンでゴルフを続けて来たから、グリップで何番アイアンだか判るし、別に不自由無いんだとか...
そんなアイアンで、あのショットを打っていたのか、と驚き呆れたものだった。

その男が48のとき、「俺はシニアのプロになる」と、仕事をやめた。
...それから聞こえて来たのは、
「1年間、ゴルフ場にバイトで入り、キャディーや他のコース管理を手伝いながら、空いた時間を練習に明け暮れる生活をしている。」
「家族と別居して一人暮らしをしている。」
「奥さんと別れたらしい。」
「ニギリで勝った金で暮らしている。」
...

50歳になって、シニアのプロテストを受けた。
一次試験は、軽く通ったという。
二次試験の途中で、おかしな話が聞こえて来た。
彼が「テストにお金がかかり過ぎる」という理由で、プロテストを棄権したと言うのだ。

詳しくは判らない。

ちょうどその頃からシニアツアーの試合数が激減して、大部分のシニアプロがとてもシニアツアーの賞金だけでは生活して行けない、という状態になってしまっていた。
シニアプロになれたとしても、彼が夢見たような「華やかなシニアツアー」で活躍する、と言う夢は実現しなかっただろう。

...彼は姿を消した。
風の噂で、「何処か地方でレッスンをしている」とか「もうゴルフから足を洗った」とか...
家族とは離れて、独りで暮らしているのは確からしい。

50を前にして、踏み切った男。
...そんなにまでして、彼の追いかけたものは一体何だったんだろう...