ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

技と技術

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Fさんは、悩んでいる、焦っている、怒っている。
もう60は過ぎたけど、体力はそれほど落ちてはいない(と思っている)。
幸いな事に痛めたところもない。
ずっと仕事を続けてきたし、ボケてもいない。

ブランクは長かった。
ほぼ15年ゴルフをしなかった。
しかし、そのブランクの間ゴルフを忘れていた訳じゃない。
いつも頭のどこかでゴルフを考えていたけれど、ただ「やらない」と決めた気持ちを貫いただけだった。

ゴルフを始めたのは20代後半だったけど、先輩に教えられてすぐに熱中し、給料の大部分をゴルフにつぎ込むようになった。
ちゃんとしたレッスンプロやコーチに教わった訳ではなく、市販のレッスン書を読み、テレビのゴルフ番組を見、ただ安い打ちっぱなしの練習場で球を打った。
仲間内のハンデはあっという間に上昇し、片手シングル(仲間内の)になるのに一年もかからなかったし、すぐにトップハンデの3になった。
コースの会員権を買うほどの給料はなかったので、パブリックコースでJGAのハンデをとり、それもすぐに7になった。
30代はゴルフ一色で過ぎて行き、JGAハンデも3になった。
40間近で結婚した後は、ゴルフの回数は3分の2に減ったが、ハンデは40の時に最高の「1」になった。

パブリック選手権や、新聞社主催のアマチュアの試合のほとんどで予選は通った。
普通のラウンドは70台前半で回るのが当たり前だった。
一緒に回る誰もが一目置いてくれた。

...ただ、自分のスイングの評判が良くないのが気になっていた。
自己流で上手くなったスイングは、およそテレビに映るプロのスイングとはほど遠い、「グチャッ」としたスイング(親しいゴルフ仲間の評判)だった。
クラブもどこかのプロが使っていたというアイアンを貰い受け、グリップが光ってつるつるになったり、ゴムが割れているようなものを平気で使っていた。
そんな一見ボロアイアンでも、ずっと使い続けて来たFさんにとっては「7番はフックに握って横から振れば、こういう球になる」「8番は浅めに握って大根切りに振ればいい球が出る」「4番は球が掴まりすぎるのでフックに入れれば風に強い」「ピッチングはトウ側で打てばピンに重なる」...等々、全ての番手がどう打てばどういう球が出るか、まるで自分の手足のように感じられる最高の道具だった。
状況に応じてそんな風に古いクラブで切り抜けるFさんを、皆は「アイアンの業師」と呼んだ。

そんなFさんがゴルフをやめたのは40半ばの時に、とあるミニツアーに参加した時の事が原因だった。
プロ(といっても、ツアーに出られないシード権のない若手中心)と一緒に回って、自分がどのくらいプロと競えるか腕試しのつもりだった。
そこで、一緒になったプロ達にクラブやスイングを笑われた...といっても、アイアンを見て「こんなアイアンを使っているんだ!」「凄いバラバラだよ、このグリップもシャフトも!」とか、「いやあ、私なんか出来ないスイングでいい球打ちますね」と言われた事を、気にしすぎたのかもしれない。
「そんなにおかしいのか、自分のスイング?」とか「こんな揃ってないアイアン使うってのは間違っているのか?」とか思っているうちに、自分が何をやっているのか判らなくなった。
...ハーフで60を打った。
怒りと屈辱と絶望で、それっきりゴルフをやめた。

でも、15年以上やめている時に、ずっと考えていたのは「もしまたゴルフを再開するなら、奇麗なフォームで、新しい高性能なアイアンでゴルフを再開する」という事だった。
人生にも仕事にもいろいろあった15年を過ぎて、ゴルフを再開したFさんはその考え通りにレッスンプロについて、一年かかって奇麗なフォームを作り上げた。
アイアンは、勿論評判の良い新製品を揃えた。

そして、もう5回ラウンドをした。
...それが、面白くない。
ゴルフがちっとも楽しくない。
スコアはハーフで43から50。
かろうじて100は切っている...が、スコアは慣れればもっと良くなるとFさんは思っている。
スイングは奇麗とは言えないまでも、他人に笑われるような酷いフォームではなくなった。
アイアンは、そのフォームにあった素直な球筋で飛んで行く。
以前のように一番手ごとに打ち方を変えなくても、同じスイングをすればきちんと番手ごとの球が出る。

...でも、つまらないのだ。
以前のようにワクワクしながら、一打ごとに球を操る緊張感も喜びもない。
どんな状況でもそれなりの球は出るが、一緒に回る人があっと驚くようなアイデアに満ちたショットは出来ない。
違うのだ、以前自分が夢中になり喜んで遊んだゴルフは、淡々と素直で安定したショットを打つ散歩みたいなゴルフじゃなくて、もっと波瀾万丈な格闘技みたいなものだった。

Fさんは、悩んでいる。
かといって、もう以前のクラブもないし、以前の打ち方に戻る事も出来ない。
(一度昔の打ち方を試してみたが、いまのクラブではろくに当たらないし、当たっても自分の言う事は聞いてくれなかった)

自分はゴルフの技術ではなく、技を楽しんでいたんだなあ...あのとき、なんであんなに恥ずかしかったのか...

そんな事を考えて、戻らぬ過去を振り返っている。