ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

レッスン書が増えるたびに...

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「レッスン書が増えるたびに 窒息するゴルファーが増えて行く」...ボブ・マーチン。

薄々感じてる人も多いだろう。
ゴルフスイングの新しい理論や、練習法や、チェックポイントなどの「評判になる」レッスン書が発売される度に、なんだかゴルフってものが複雑になって行くように思えてくること。

確かに「新しい」レッスン書には、「おおっ!」と思えるような内容が含まれている。
思わず「そうだったのか...」と、目の前が開けたような気にもなるだろう...
だが殆どの場合、しばらく実践していると「あれ?」と気がつく事が色々と出てくる。
「これは、前に呼んだあの本と同じ事じゃないか?」「これは、今まで練習して来た事と全く逆の事言ってるけど、これでいいんだろうか?」

ゴルフってゲームは、そもそも「地面に転がっているボールを、棒切れで遠くへ正確に飛ばそう」っていうゲーム。
この動きは人間の本来の身体の作りや自然な動きに逆らうもの...だから、自分の本能のままに動くとろくにボールに当たらないし、遠くに真っすぐ飛ばすなんてことは不可能だといえる。
だから動きに制限を加える。
例えば「頭を動かさない」「スエーしない」「肩を上下動させない」「脚をばたつかせない」等々...これらは、実は地面にあるものをなんとかしようと思った時に自然に出る動きを止める事でもある。
古来、人類が地面の穴から出てくる素早い獲物を獲るためにして来た動き...それに逆らうのがゴルフのスイングというわけ。

そんな不自由な動きを身体に覚えさせてボールを打って遊ぶには、まず大事なのが何度でも同じ動きが出来るように「再現性の高い動きを身につける事」。
これが一番大事だという事は古のゴルファーにも判っていたために、昔からゴルファー達はその習得に努力した。
結果、それぞれ自分の身体や心の特性に応じて、個性的だけど自分には再現性の高いスイングを時間をかけて身につけて行った。
で、その努力の過程をなるべく省いて、合理的で再現性の高いスイングを短い時間で身につけさせようというのが世に数あるレッスン書の目的だ。

だが、多過ぎる。
どれも最終目標は同じはずなのだが...例えば「フッカー」と「スライサー」は逆の動きをしている。
例えば、身体の硬い人、柔らかい人、太った人と痩せた人、力持ちとひ弱な人...
そのそれぞれが違う悩みがあるのを、どのレッスン書が救えるか?
世に出ている膨大な数のレッスン書の海から、まずは自分に必要なレッスン書を選ぶためのレッスン書が必要なんじゃないか...と思えるくらい。
...もし自分で心底信頼出来るレッスン書に出会った人は、本当に幸運な人だと思う。

ゴルフが上手くなるのは、また別な事だと思うんだけどね。