ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

今年も半分過ぎちまった

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バタバタとしているうちに、今年も半分過ぎてしまった。
毎年同じ事を思うんだけど、残っている時間は確実に少なくなっているんだよなあ..

最近、夢とか希望と言うのは「知らない」からこそ持てるんだ、と思うことが多い。
年をとって「知る」って事には多くの場合「あきらめ」がついて来て、我が身の現実と合わせて考えれば、昔の歌の「知ってしまえばそれまでよ...知らないうちが花なのよ~」なん歌詞が切実さを増して来る。

例えば、かって美少女で有名で「この娘はどれだけ奇麗な女性になるんだろう」なんて思っていた女性が、やがて大人の花の時期を迎え、更にやがてその盛りの時を過ぎ、更に更にやがて老いてしまった姿迄知ってしまう現実。
それは、大いなる未知の魅力的な未来だったものの、「答えを知っちゃった」寂しさ。

当然自分もジジイになっているのは判っているんだが、例えば憧れの女性などには「永遠の若さ」とか「変わらない美しさ」などを期待してしまっていたんだよね。

未来は判らない方がいい。
でも、かって自分が未来だと思っていた年齢になってしまったら、周りのかって未知だった答え達も未来の現実の姿でそこに居る。

俺が時の流れの速さに途方に暮れているのはいつもの事だけど、俺よりもゆっくり流れて欲しい人が居るんだよね。
この年になると、時の流れが不平等でも文句は言わない。

大事な人には、よりゆっくりと時が流れて欲しいものなんだ。