ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

ゴルファーは、ハンデの数だけ(余計な事)を考える

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「ゴルファーはハンデの数だけ(余計な事を)考える。」

ビル・ディーズという人の残した言葉に「ゴルファーはハンデの数だけモノを考える不思議な人種である」と言う世に知られたものがあるが、私が昔誰かから聞いたこの言葉の方が真実をついていると思っている。
しかし、誰から聞いたか思い出せない為に、ビル・ディーズという人の言葉として描いておく。

このビル・ディーズという人の事は良くわからないのだが、これは少し長くゴルフをやった人なら誰でも「ホントだ...」なんて、苦い笑いと共に共感する言葉だろう。

...飛んでくるボールを打つ時には殆ど何も考えずに反応してしっかりと打ち返せる人が、自分じゃ1ミリも動けないボールを前にするとなんでああも色々な事を考えてしまうのか?
打つのは自分、だから結果は全て自分の所為...「失敗したくない(本当は失敗する確率の方が圧倒的に高いのに)」というプレッシャー。
逃げようも無い酷い失敗に、プライドも自尊心も「かくあるべき」という自分の虚勢の世界も木っ端みじんに打ち砕かれる予感...そして、失敗したあとの言い訳まで用意しているちっぽけな自分...そんな姿がはっきり見えてしまう恐怖。

本当は、立っている人間が地面にある小さな球を長い棒の先についた金属で横にすっ飛ばす、なんて人の骨格や筋肉の自然な動きに反する様な理不尽な動作で、それを正確に反復するなんてそもそも不可能なんだ。
考えても見ればいい、100メートル以上離れた所に開けた小さな鼠の巣みたいな穴ぼこに、小さなボールをたった3回で入れるんだぞ。
300メートル以上離れた穴ぼこにはたったの4回、500メートルの所はたった5回だ。
そんな事は人間には本来無理って考えるのが普通じゃないか?
(100メートルなんて言ったら、野球じゃホームランの距離だし、テニスコートだってバスケットのリングだって入れる場所はゴルフの穴ぼこに比べれば十分でかいし、近い)

そんな無理な事を「やらなきゃいけない」「やれて当たり前」なんて思い込むから、考える事が多くなっちまうんだ。
200メートルもボールを飛ばして20メートルくらいの幅の中に打てって、上手くいかないのが当たり前だろ。
でも、ゴルフに熱中する人間てのは、大体がクソ真面目で向上心があって根拠の無い自信の持ち主で健忘症でニヒル楽天的でマゾだから...

コースに出てボールを前にすると...真剣に考えてしまう。
「前回の反省」「前回の教訓」「最近の開眼」「レッスン書のメモ」「レッスンプロのアドバイス」「ワンポイント」「自信があるのは」「どっちが危険」「チェックポイントその1」「その2」「その3」「自己暗示」「叱咤激励」「不安を消す」「俺は誰?」「ここはどこ?」....
考えているうちに、前に出た大事な事を忘れてしまう。
優先順位が狂ってしまう...
そのうちに頭の中が収拾がつかなくなって...
やっと動かそうとした身体は、すっかり油が切れて錆びて軋んで引っかかって、全然思う様に動いてくれない。
当然のごとく結果は酷いものとなり、また一つ強烈な失敗の記憶が積み重なって頭の中で強い光を放つ様になる。

でも、やがて何度も何度も叩き潰されたあと、考える事考えるべき事が少なくなっている事に気がつく。
チェックポイントが減り、イメージがシンプルになって行き、身体が錆び付く前にバックスイングを始める事が出来るようになって行く。
ミスは減らなくても心を傷つける事が少なくなって行くと、ハンデが減り上達して行く。
ミスが出て当たり前という心境に自然になれる頃には、考える事が驚く程少なくなっている事に気がつく。
そうなったら、上級者ともいえる....真面目だけど気持ちを誤摩化すのが上手くなり、覚えているのは良い事だけになり、ニヒルでマゾの内面で、楽天的な皮肉屋で。

片手ハンデになる頃は、考えるのは一つか二つ。
それ以上になるとどうなるか...
0はゼロ、ならば+1はどうなんだろか?
聞いてみたい気がするが(笑)。


...ただね、ヘタクソでも何も考えてない自分みたいなヤツもいるからなあ...