ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

リスタート

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いよいよ、明日だ。
もう20年以上間が空いてしまったけれど。
今思えば、長かったなあ...

Oさんは明日、学生時代の仲間とのコンペに参加する。
今までに何回も誘われていたけど、参加するのはこれが始めてだ。

昔は(20年以上前は)、ゴルフに夢中だった。
会社に入ってから接待目的で始めたゴルフだったが、すぐにその面白さに熱中した。
景気が良い時代にはゴルフにかかる費用も高く、ボーナスのほとんどをゴルフにつぎ込んでしまって、よく夫婦喧嘩をしたものだった。
世の中がバブルと言われた時代には、増えたボーナスを頭金にして会員権を買ったりもした。

しかし、間もなく世の中の景気は悪くなり、どんな時代でも安定していると思えたOさんの会社も様子がおかしくなった。
ボーナスは減り、給料は上がらなくなり、今まで聞いた事もなかった「リストラ」なんて言葉が囁かれ始めた。
「会社に十分貢献していたんだから大丈夫」と思われていたOさんのいた部署は、不要不急の部署という事で他の部署に統合された。
...当然、その頃には「ゴルフ」なんて言葉は口に出す事も出来ない雰囲気になって来た。
ボーナスがほとんど無くなり、先輩社員がリストラされたという噂話が広がる頃、Oさんはゴルフを続けられなくなった。
新聞に自分の会社が危ういなんて情報が載り、Oさん自身にも早期退職の話が来るようになった。
かなり退職金などが優遇されたその話に乗る人もいたが、Oさんは子供がまだ学校に行っていたためにひたすら断り逃げまくった。
サービス残業当然の上、給料は実質的に減る一方だったので、ゴルフなんて夢のまた夢の話だった。
何を言われても、恥をかかされても耐え抜いて来た20年だった。
ずっと、会社がいつ倒産するのか判らない状況は続いていた。

それがこの1~2年、Oさんの定年までまだ少しの時間を残して、会社の業績がやっと上向いて来た。
ボーナスが出るようになり、社会情勢の変化で会社の先行きに希望が見えて来た。
もうリストラの肩たたきは無くなり、Oさんの待遇も少し良くなった。

「いまこそ..」
Oさんは、決めた。
奥さんに断りもなくボーナスのほとんどを使う、そう決めた。
(本当に冷や汗が出るほど恐ろしい決断だった)

まず、最新のドライバーを手に入れた...ヘッドがカチャカチャ動くヤツだ。
最新のアイアンセットを手に入れた...5番からしかないが今一番評判がいいというヤツ。
それから、雑誌で評判が良くてプロも使っているというユーティリティーを3本...昔はなかったヤツ。
パターは昔使っていたのと同じヤツと、最近雑誌で評判のいいヤツの2本。
キャディーバッグとボストンバッグは、年相応の渋いヤツを。
シューズは最新のいろいろと細かい調整の出来るヤツ。
そうそう、ウェッジも雑誌で評判のいいヤツを3本買った。

練習場で打ってみると、どれも驚くほど飛ぶし易しい...かといって自分の言う事を聞いてくれる訳じゃないが。
20年前のようには振れないけれど、新しいクラブのおかげで飛距離はそんなに変わらない...アイアンなんてむしろ今のヤツの方が飛ぶし。
...明日が、ゴルフ再開後の初ラウンドだ。
20年前と比べると、年をとった...腹が出て筋力は落ちただろう。
身体が固くなって、肩は回らず振り切れない感覚が酷いし、前傾を保てず明治の大砲にすぐになってしまう。
ティーアップするのにも、カップインしたボールを拾うのにも「ヨッコラショ」と声が出てしまう。

でも、長い間の会社の苦労をとうとう耐えきった、自分にご褒美のゴルフ再開だ。
明日の天気は晴れだと言うし、たとえ上手く当たらなくたって...

プレーしているうちに、きっと俺は涙が出てくるだろなあ。
白いボールが見えなくなるだろなあ...

Oさんは、ゴルフをリスタートする。
奥さんには「俺だって頑張って来たんだから」と言うつもりだが...
判ってくれるという自信は...無い。