ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

ゴルフライフ

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これは、私がゴルフを始めて間もない頃、ある東京近郊のゴルフ場を取材で訪れた時の事。

このコースのある辺りは東京に割合に近いために、都内に通勤通学で通う人々のベッドタウンとなっている。
そのために、コースの周りは殆ど住宅で取り巻かれていて、コース自体それほど良いコースと言う評判ではなくても、集客に苦労せずに済むために結構高めの料金設定となっていた。

ただ、通勤で使われる道路しかコースに行く道がないため、近い割にはコースにつくのに渋滞で時間がかかるとも言われていた。
朝早めの取材で、普通に行くとまともに通勤ラッシュにぶつかりそうなので、距離が近い割には家をかなり早めに出た。
当然通勤ラッシュで混む前だったので、コースにはあっという間に着いてしまい、まだ開門前のコースの正門の前で待つことになった。

その時に見かけたのだ。
白髪の老人が、普段着のような服装でクラブを2~3本持ち、ポーン・ポーンとボールを打ちながら一人でラウンドしているのを。
始めは泥棒ゴルファーかと思ったが、見ているとコソコソした様子もなく、ゆっくりと歩きながらボールを打っている。
朝霧の中で、まるで幻のように現れて、またコースに消えて行った。

取材が終わった後、コースの支配人にその事を聞いてみた。
「ああ、あの人ですか」
「泥棒ゴルファーじゃありませんよ。」
「毎朝、必ず何ホールか回っているんですよ。」
「普通に18ホールラウンドすることは、まずありませんね。」
「確か、ウッドと、7番とウェッジの3本ですね、何時も持っているのは。」
「ボールはポケットにもう一つ持っているとか。」
「ええ、パターは持っていませんよ。」
「グリーンに乗せると、次のホールに行くようですね。」
「一応メンバーではありますけど、普通にラウンドしたことはあまりないと思います。」

彼は、元々はこのコースを作る土地の地権者だった。
そして、土地を売る条件として、「コースを朝の開場前に自由にラウンドすることが出来る事」というのを出して来たのだそうだ。
土地を高く売ろうという訳ではなかったので、コース側はその条件を飲み、彼はコースが出来て以来ほぼ毎日朝早く誰もいないコースを回っているのだそうだ。

その時で、そのコースは開場20年程。
その男は、毎日早朝そのコースを回る。
持つクラブはウッドが1本、アイアンが2本。
パターは持たないので、グリーンはやらない。
回るホールは、殆どが5~6ホール。
以前は9ホール回っていたこともあったけれど、最近は1~2ホールで引き上げることも多いと言う。
犬と一緒のことはあったけれど、誰か他の人と一緒に回ったことはないと言う。

不思議なのは、支配人も含めて、誰も彼の腕前を知らないこと。
「コースの競技に参加されたとか、誰かを連れていらした、ということもありませんので...」
「ええ、きちんと年会費は納めて頂いています。」

「でも、本当に特別な例外なので、公表して欲しくはないのですが...」

朝霧の中に消えて行った老人は、今でも「彼の」ゴルフを楽しんでいるんだろうか。
見た感じでは誰かに教わったというスイングではなく、クセのある打ち方だったけど..きちんとボールを打っていた。
飛距離も大したことはなかったけれど、たった一人の静かなコースで淡々とボールを打って行く姿は、当時の私のまだ知らない「大人のゴルファー」の姿そのものに見えた。
それが良いことなのか悪いことなのかは判らなかったけど、ゴルフにはそういう楽しみ方もあるのか、と。

当時は、パーシモンに糸巻きボール。
静かなコースの朝霧の中に、パーシモンと糸巻きボールの「パシュッ!」という音は、実に耳に心地よいものだった。