ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

伊達男

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Hさんは、ホームコースでキャディーさん達に人気がある。
「お洒落」
「センスがいい」
「紳士だ」
「話も面白いし、ユーモアがある」
「いつも、違う服装でカッコいい」
「派手な服装が似合う」
「地味な色の組み合わせも渋い」
...

Hさんは中肉中背、大きくはないが男らしい顔をしている。
ゴルフは、そのコースでハンデ22から始めて、今は9。
15年かかってシングルハンデにはなれたけど、これ以上のハンデにはなれないと思っている。

その洒落者のHさんには、秘密がある。
その秘密を知ったのは、月例帰りの高速のサービスエリアでの事だった。
見覚えのある車が先に止まっていた。
黒い普通の国産セダンの高級車ではあるが、ナンバーがHさんの車に似ていた。
Hさんの車のナンバーをちゃんと覚えていたわけではないが、自分の奥さんの誕生日の数字に似ていたので何となく覚えていたのだ。
...トイレを済まして、自分の車に乗り込んで眠気覚ましのコーヒーを飲んでいると、その車に男が乗り込むのが見えた...だが、その男はHさんとは違う服装...上下つなぎの作業着を着た、地味な中年男だった。

翌月の月例でHさんに会った時、その事を話すと..
「あ、バレちゃいましたか!」

月例後にHさんに聞いた話では、彼は下町で親と一緒に小さな工場をやっているという。
乗って来た車も父親の車で、(自分の車は仕事用のトラックなので)ゴルフの時だけ借りるんだそうだ。
工場の経営は結構大変で、数人の従業員の目や、隣近所の評判が気になって大っぴらにゴルフを楽しむ事はし難い雰囲気がある。
そのため、いつもゴルフに行く時は普段の作業着で家を出て、サービスエリアでゴルフウェアに着替えてからコースに行く。
帰りも、同じくサービスエリアで作業服に着替えて帰るのだと。

「私、着るものの中で高いのは、ゴルフウェアだけなんですよ。」
「自分の普通の服は、全部バーゲンセールの安物ばかりです。」
「背広だって黒いのを1着しか持っていませんし、ゴルフ用のジャケットの方が数倍高いです」
「ゴルフ場って、自分の人生の晴れ舞台のような気がするんで、晴れ着でお洒落したいんです」
「給料で、毎月いいゴルフウェアを1着買うようにしてるんですよ」
「月例で月1回行くわけですから、その度にウェアの組み合わせには気を使っています」
「キャディーさんに評判がいいのは、励みになります」

「私の晴れ舞台の秘密なので、どうか内緒に...」

もちろん、誰にも言いませんよ。
コースで見るHさんはカッコいい伊達男で、優雅にゴルフを楽しんでいる雰囲気に溢れている。
...時間の長さではなくて、どっちの時間のために生きているか、どっちの時間を楽しんでいるか、はそれぞれ個人の問題。
晴れ着を着て、晴れ舞台のゴルフコースで格好いいのもHさん。
作業衣を着て、額に汗して働いているのもHさん。
でも...どっちも、それなりに格好いいなんて、誰かさんのような都合の良い事は言いたくない。

ただ、ゴルフコースで普段の人生とは「違う人」になる事を楽しむってこと、良くわかる。
たとえ、「そこだけのヒーロー」であったとしても、主役の伊達男には誰だってなりたいものだ。

自分だって、実はゴルフ場では、違う「紳士」になりたいものだと常々思っている...ただ、いつも3ホールも持たずに化けの皮がはがれてしまって、「晴れ舞台」で「大見得」を切れた事が無いだけ。

...それはそれで、実は結構寂しいもの、と思っている自分がいる。