ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

春が来たから...

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潮時という言葉は大嫌いだ。
「でも、今がそんな時期なのかな」

Kさんは、一人で珈琲を飲みながら考える。
ひと月振りで月例の日曜日に来たマイコース...他のテーブルには二人・三人・四人の話し声や笑い声が聞こえる。
遠い所には月例に参加する男が一人珈琲を飲んでいるが、女で一人で珈琲を飲んでいるのはKさんだけだ。
「寂しいなあ...」
ついに最後の一人になってしまった。

東京から高速を使って約1時間のコース。
会員権はバブルの時にはかなり高額で売買されていたが、バブルが弾けてから償還期限が来るとともに倒産、やがて大手の経営会社に買われてセミパブリックのようになって現在に至る、世間によくあるパターンを辿ったコースだが、レイアウトが面白くてKさんは気に入っていた。
おまけにここで良い仲間が出来たので、毎月必ず1回は必ずここでプレーを続けていた。

...もう、20年ちょっと前の月例の時。
初めてKさんがこのコースの月例に参加した時、Cクラスで女性4人の組になった。
当時50代のMさんと、40代のSさんとHさん、それにまだ30代の自分(と言ってもギリギリ30代だったんだけど)の4人は、この最初のラウンドですっかり意気投合した。
それ以来月例はずっと同じ組み合わせになるように頼み込んでいたが、やがてSさんがBクラスに上がり、自分とHさんとMさんはCクラスから上がれなかったので、月例以外の週の日曜日に4人で毎月廻る様になった(三人は変わらずに月例は一緒にまわっていた)。
月例ではクラスが違っても、月例後には一緒に珈琲を飲んで歓談を続けていた。
不思議な事にみんな都内の暮らしなのに、「付き合いはコースだけ」という事が暗黙の了解事項になっていた。
コースで楽しい時間を過ごす...しかし、お互いのプライバシーには立ち入らない、というのは女性には難しいと言われるけど、何故かここではそれが気楽で気持ち良かった。

Kさんは、結局独身で今に至った。
聞かないまでも問わず語りで伺えたそれぞれの事情は、Mさんは夫婦でここのメンバーで旦那さんの運転で月に2回くらいここに来ている事。
Sさんはスポーツ好きで競技指向でゴルフに命をかけるくらい打ち込んでいる事...彼女はBクラスに上がった後、数年でAクラスまで上がって行った。
...彼女も独身だった。
Hさんは夫が会社を経営しているとかで、沢山の趣味のうちの一つがゴルフという事らしかった。
生活の心配のない様なのんびりとした女性だった。

10年くらいはその4人のゴルフが続いていた。
その間に、月例のCクラスの三人の組に入りたがる男性がいた事が何回もあったけど...面倒な事は嫌だ、という事で丁重にお断りして女三人でのプレーで楽しむ事を続けていた。


最初に欠けたのはSさんだった。
倒産や再生のごたごたで、月例も満足に開催されない事が続いた時、「ここじゃ私はゴルフを続けられない」と別れを告げて、月例がきちんと開催されていた近郊のちょっといいコースに移って行った。
時折今でも元気に月例に出ているとのメールがある...ハンデはついに9になったとか。

次に欠けたのがHさん。
「ごめんね。ゴルフ続けられなくなっちゃった。」
と別れを言ってコースに来なくなった...風の噂では夫の会社が傾いたとか聞こえて来たけど、真相は判らない。

Mさんは一番年長だったのに、元気でゴルフを楽しんでいた....月例ではツーサムになるので他のメンバーが入ったが、彼女とのゴルフは相変わらず楽しかった。
...そのMさんが「もう、ゴルフ続けられないのよ」と去年の暮れの月例で言った。
プレー後に珈琲を飲んでた時に、
「これが最後なの。」
「今まで楽しかったわ、どうもありがとう。」

...今まで夫の運転でコースに来ていたが、その5つ年上の夫が最近軽い交通事故を何度か起こし、高齢の為に免許を返納することを決めたんだと言う。
彼女も70代なので、二人で相談して財産を整理して有料老人ホームに入る事にした、と。

まだまだ元気だと思っていたKさんも、年齢はいつの間にか60代になっていた。
確かにここに来る為に片道100キロの運転はしんどいと感じているが、コースに行けばコースでしか会えない友人がいるという事が励みになっていた。
...Mさんのいない月例は本心から楽しめない。
ゴルフは相変わらず大好きなんだけど...つまらない。

「ここのコースでのプレーは、私も終わりにしよう。」
「もっと近いコースで、もっと違う楽しみのゴルフを見つけよう。」
珈琲を飲みながら、そう考えた。

ここは潮時だ。
ここで続けて行くのには、想い出がありすぎる...きっとこれからのプレーに「今がつまらない」と感じ続けるに違いない。
でも、自分はゴルフをやめる気は無い。
ならば、自分もここから旅立って違うコースの違う楽しみを見つけよう。

春なのに別れがある。
でも、春だからきっと新しい出会いもあるに違いない。


もう若くはないけど、まだ年じゃない。
...Kさんは、そう思いたい。