ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

想い出となる日々に...

イメージ 1

結構頑張ったのか、まだ早過ぎたのか自分では判らない。

自信があったし、まだ当分大丈夫だと思っていたのに...
ちょっと迷った事が小さな接触事故になってしまった。
怪我人も無く、車に小さな傷がついたくらいで(それも保険を使う事で)実質的な被害は無かったし、事故原因も50パーセントずつという事で収まった。

しかし、Mさんにとってはひどくショックな出来事だった。
以前の自分なら回避出来たはずだし、その前にそんな状況にはならない様な運転を心がけていた。
「この際だから、返納してしまおう」
そういう気持ちになったのはその事故から3ヶ月後。
その事故の後、車の運転に自信が無くなって何度か「ヒヤッ」とした体験を重ねた。

「もう70歳とっくに過ぎてるんだから、そろそろ車の運転はやめて欲しい」
そう、何度か子供に言われていた。
それに、こんな気持ちになってからゴルフ場までの100キロくらいのドライブが以前の様には楽しめない、と感じていた。
「車の運転をやめる」、という事は同時に「ゴルフをやめる」と同じ意味があったけれど、Mさん自身「もう潮時なのかな」とそれを許容する気持ちが強くなった。

先にやっていた夫に勧められてゴルフを始めたのが40歳の頃。
50歳の頃、安くなった遠くのゴルフ場の会員権を夫とともに手に入れ、月に2回は夫と行く様になった。
そのコースでレディースの仲間が何人も出来、夫と以外に一人でもゴルフ場に行く様になった。
ハンデをとって月例のCクラスに参加し、ゴルフに対する情熱は強くなる一方だった。
会社員の夫は日曜日のゴルフは仕事関係が多く、月例に参加出来ないのを悔しがっていた。

5歳年上の夫が定年になって、やっと夫婦で月例に参加する事が出来る様になった。
しかし、「これから日本中のゴルフ場に行くぞ」と宣言していた夫が、定年後わずか3年で病に倒れて亡くなった。
それまで病気なんてした事無かったのに、心筋梗塞であっという間だった。

少しの間ゴルフをする気にならなかったが、他に興味のある趣味も無いMさんは60を過ぎてゴルフに今まで以上に熱中した。
ほぼ毎週、土曜日か日曜日はマイコースに通った。
コース中にその存在は知られて、誰もが挨拶してくれたし支配人やキャディーマスターや沢山居るキャディーさんも家族のようで居心地が良かった。
予約せずに行っても、必ず知り合いがいて楽しくラウンドする事が出来た。
65を過ぎる頃、陰で「スーパーおばあちゃん」と呼ばれている事も知っていた。

しかし、70を過ぎた頃からコースの様子が少しずつ変わって来た。
支配人が変わったり、なじみのキャディーさんが定年で辞めて行ったり...なによりも同じレディースのメンバーが、「年をとったから」とか「夫が定年になって故郷に帰る事になったから」とか、「夫が定年になったので収入が減ってゴルフに行けない」とかの理由で、一人・二人とクラブを去っていった。
そうして気がついたら、朝の練習グリーンで知り合いがどこかに居ないか探す自分が居た...以前なら、周りは知り合いばかりだったのに。

車の運転は若い頃から大好きで、結構飛ばすけど事故や違反は殆ど無くゴールドカードをずっと維持していた。
100キロの往復は行きと帰りを違う道で走る程、ドライブ自体を楽しんでいてそれで疲れるなんて事はなかった。

...80までは続けるつもりだった。
免許を返して車を処分して...ゴルフ道具も処分するつもりだったけど...
最初のうちは日曜日になる度にコースに行くつもりになっている自分に戸惑ったが、今はもう落ち着いて日曜日を迎えられる様になった。
ゴルフ道具はまだある...しょうがない、夫の道具だってまだ処分出来ないんだから。
一時は電車で行こうかとも思ったけれど、もうコースに着いても仲の良い知り合いが殆ど居ない事を考えると行きたい気持ちも消えて行った。

窓からは青い空と入道雲、緑は濃くなり気持ちのよい風が吹いている。
チラッと青空を飛ぶ白いボールのイメージが頭を過るけれど、「ああ、それも終わった事なんだ」との思い直す。

さて、今日も美味しいコーヒーか紅茶を飲みながら、楽しかったゴルフの想い出に浸ろう。
アルバムには、まだ奇麗だった自分と若く元気だった夫の笑顔が溢れている。
ライバルだった人のショットが目に浮かぶ。
いつも慰めあっていたメンバーとの会話が聞こえる。
決めなくちゃいけないパットを外した時に、思わず天を仰いで...その青さが目に沁みた事を思い出す。
朝の練習グリーンでの仲間との挨拶と、19番ホールでの楽しい会話と、帰り際の日が落ちかけて長い影で彩られたコースの美しさが頭に蘇る。

...もうそれは還ってこないんだな...

コーヒーの味が深くなる。