ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

心 静かになりたくて...

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きっかけは、中古クラブショップの店先で見かけたクラブだった。
「どれでも1000円と500円!」と張り紙がしてあって、古いクラブが10数本入り口の外の箱に突っ込んであった。

懐かしい、ミズノやテイラーメイドやファウンダースのメタルヘッドのクラブだった。
思わず、金も無かったのに1000円で2本のクラブを買ってしまった。
テイラーメイドのバブルシャフトのフェアウェイウッドと、ファウンダースのメタルドライバー。
昔、買おうとして結局買わなかったドライバー。

ただ、家に持って帰ったのは良いが、それを使う予定は無かった。
Tさんは、2年前に30年近く勤めた職を失ってから、パート暮らし。
奥さんとの二人のパート暮らしで、なんとか生活出来ている。
正社員としての就職は、この2年間いくら懸命に探しても見つからなかった。
その2年前迄、Tさんは会社勤めの傍ら、ゴルフに熱中していた。
会社のコンペではいつも優勝争いをする腕前だった。

そのゴルフは2年前に、やめた。
とてもそんな余裕ができるはずも無く、未練を残さないために全てのゴルフ道具は処分した。
...一時は荒れて、酒に逃げる生活もした。
それが、最近になってやっと、現実に向かい合う事が出来たのに。

それなのに、つい、またゴルフ道具を買ってしまった。
買って返った2本のクラブを前に、Tさんは一晩考えた。

その後、Tさんは散歩の途中でその店によく立ち寄り、度々1000円以下の「ゴミクラブ」を買うようになった。
古いスチールシャフトのドライバーや、時代遅れのスチールシャフト・マッスルバックのアイアン、名も知れぬパターや、廃棄処分のクラブ。
それらを持ち帰ったTさんは、自宅の小さな物置部屋に運びこむ。

そこで、Tさんは見よう見まねで、シャフトを抜いたり、ヘッドを抜いたりして時間を過ごす。
今の収入では、高価なゴルフクラブ調整用の工具は買えなかったので、主な道具は安い万力だけ。
あとは、ホームセンターで安いガスバーナーや工具セットを買って使っている。
Tさんの今の仕事は、週4日のパート。
収入は少ないが、時間は十分すぎる程ある。
あっちのクラブのシャフトをこっちにつけてみたり、長いシャフトを切って短くして付け替えたり、アイアンのシャフトを抜いてずらしてつけてみたり...

かって、ゴルフに熱中していた頃評判だったクラブを、改造して自分で作りあげてイメージする。
「このクラブだったら、きっとこういう球が打てるはず」とか、「このヘッドにこのシャフトなら、もっと飛ぶはず」とか...
どれもゴミクラブとして出ていたものだが、発売された当時はそれなりに高価だったものが多い。
なので、上手く組み合わせればかなり面白いクラブになる、とTさんは考える。
その作業をしている間、Tさんはゴルフに熱中して楽しんでいた時代に戻る。

運の悪い失業だったけど、以前の生活に戻れる可能性は低い。
ただ、こんな楽しみを見つけて夢を見るのも悪くない、と今のTさんは思う。
病気にならずに生きていて、迷惑かけずに暮らして行ける。
そして、本当にプレーを楽しんでいる人に、きっと負けずに「自分のゴルフ」を楽しんでいる。

「ただね、ゴルフの名言によくあるように、『幸運と不運の量は同じ』なんだったら、そろそろ私に幸運が来る番だと思っているんですけどね」