ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

不夜城

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駅からNさんの家までの帰り道に、その練習場はある。
線路際の道は道路の照明が少ないために、その練習場の照明の光は特別明るく輝いて目に眩しい。
深夜11時までやっている練習場は、夜遅くであっても必ず誰かが練習をしている。

Nさんがその練習場の前の道を通り過ぎて、自分の家に帰り着くのは10時過ぎになる。
もうそんな暮らしが10年になる。

その10年前までは、Nさんもこの練習場の常連だった。
本当に「常連」という名にふさわしい存在だったと言える。
何しろ、ほぼ一週間毎日、特別な用事がある時以外はこの練習場にいた。
平日は会社が終わると、家よりもまずこの練習場に寄り、付属の喫茶店でコーヒーを飲んだり、置きっぱなしの自分のクラブで1~2時間打ったり。
必ず自分と同じような「常連」の仲間が誰かしら居たし、練習場の社長家族とも仲が良かった。
土曜、日曜は朝から一日この練習場にいる事が多かった。
常連なりに練習場からサービスしてもらう事も多かったし、沢山の顔見知りと話したり、お茶を飲んだり、あるいはビールを飲んだり...
朝9時前には練習場に出かけて、帰りは夕飯の出来る7時くらい。
それが楽しかったし、そんな時間が生き甲斐とも言えたし、家族だって面倒な自分が家にいない事を喜んでいた。
いろいろと居心地の良いサービスを受けていた代わりに、練習場が大雪で大変な時には常連のみんなと一緒に早朝から雪かきをしたり、台風の時には後始末を手伝ったり、客と経営者を越えた付き合いという感じだった。
定期的に練習場主催のコンペもやり、みんなで近所のコースの年間会員になったり、何人かの常連は一緒にあるコースのメンバーになったり...
Nさんも年間会員になったコースで、遂にシングルハンデをとって、更にゴルフに対する熱は上がる一方だった。

そんな時間がずっと続くと思っていた。
年を取っても、この練習場でひなたぼっこをしながら常連の人達とゴルフ談義に花を咲かせて、練習が終わればみんなでビールで乾杯して...そうなると思っていた。

変わったのは10年くらい前から。
ある日、常連の中でも中心だった、明るく陽気でハンデが4の人がいなくなった。
家業の建設業がうまく行かなくなって、夜逃げをしたのだと噂に聞いた。
少しずつ人が減って行った。
そして、Nさんの会社も...繊維業としては中堅の位置にあったという会社が倒産した。
円高の影響で、どんなに良いものを作ってももう売れなくなった、ということだった。

それからあと、Nさんの仕事探しが始まった。
1年かけてやっと就職出来たのは、今までの半分の給料の畑違いの会社の契約社員
ゴルフをやる余裕は全く無くなり、練習場には行けなくなった。
同年代だった練習場の2代目社長は、「別に練習しなくていいから、気楽に遊びに来てよ」と言ってくれたけど、気持ちがそういう風には納得出来なかった。

毎日見かける練習場の風景は、見慣れた常連の姿が少なくなって来たのがわかる。
以前に比べれば半分くらいしか客は来ていないようだけど、若い二人連れや、夫婦や、仲間と来ている若者の姿が多く見られるようになった。
経営者も、今は3代目の若い人が中心になっているらしい。

しばらく練習場に預けていたバッグも、2年程してから家に持って帰ったまま、物置に置いてある。
もうクラブにも、何年触ってないんだろう。

自分の人生はいつもの帰り道の、照明の少ない道路のようだ。
あの明るく輝く不夜城のような練習場は、自分の人生が再び明るくなった時に、やっと再び入場することが出来る夢の城のように思える。
ゴルフをやめたつもりは、ないんだし。

...今はまだ、あの光輝く城には近づけない。