これは、あるコースのオープンコンペでついてくれた、キャディーさんから聞いた話。
...そのベテランのキャディーさんがついたお客さんの中でも、特別に印象深かったラウンドだという。
一年ほど前、4組ほどの小さなコンペがあった。
そのコンペの出場者は、特別高齢に見える男性を中心に、50~60代の男性が多く、中に女性が3名、40代くらいの人が数名というところだった。
仕事が同じとも言う訳ではないらしく、それぞれマナーの良いゴルファー達だった。
そのキャディーさんがついた組は、一番高齢そうに見える男性と60代の男性3人の組。
高齢の男性のショットは、ドライバーで130~140ヤードほど、短いミドルなら3オン、少し長いホールなら4オンというところで、ボギー、ダボ、パットが入ってパーというゴルフを淡々とプレーしていた。
そして時折立ち止まって空を眺めたり、深呼吸をしてあたりの匂いを嗅ぐような動作を繰り返す。
ハーフが終わる頃には、なんとその男性の年齢が90歳という事が判って来た。
ハーフで50を越えるスコアではあったけれど、かってその男性が相当上手かったであろう片鱗は各所に感じられた。
そして一緒に回る男性達が、その90歳の男性のかってのライバルの息子達である事も会話で判った。
「引退ゴルフ」ということだった。
彼はこのラウンドを最後に、ゴルフを引退すると。
「もうプレーが遅くなりますし、一緒の方にも前後の方にも迷惑をかけるようなゴルフになりますから。」
「もう今では、私のライバル達は一人もいなくなりましたし..」
「いつかはやめなくてはなりませんが、こういう機会を作って頂いて..」
ある有名コースの創立当時のメンバーで、半世紀の間ゴルフを楽しんで来たという。
そのホームコースではそんなプライベートな事を大袈裟にしたくないので、こうして他のコースで有志の方が集まって引退ラウンドをする事になった。
集まったのは、かってのライバルの息子や娘、彼に世話になった事のあるホームコースのメンバー、ゴルフを教えてもらった後輩達。
そうして、これがラストラウンド。
コースの匂いを嗅ぎ、空を眺め...ショットの手応えを楽しみ、カップインの音を聞く。
「私は世界一幸せなゴルファーです。」
ラウンド後、コンペルームで小さなパーティーを開いたらしい。
私が聞いたのはここまで。
...「その数年後、彼はゴルファー人生を全うして、幸せな眠りについた。」とでも書けば、誰かさんのコラムのようになるんだろうけれど、その後の事は聞いていない。