ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

「ああ、そうなのか」って、夢に見て。

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「季節がいいから、飲みに行こうぜ」なんて誘いがあって、いつもの居酒屋へ。
もう20年以上の付き合いの愛想のいいオヤジが、「いらっしゃい、今日はお一人?いつものお連れは?」なんて。
いつもの席に座って、いつものやつを頼んで...待つ。

 

が、奴は来ない。
不意に、「そうか、あいつはもう居ないんだ」なんて気がつく。
それに、あのオヤジももうとっくに店を畳んで...この店は、もう無くなったんだっけ。
...そこで、目が覚める。

 

さっきまで40代・50代の俺は、70を過ぎた身となって体を起こす。

いい加減に時間を浪費したつもりはないのに、いつの間にか信じられない様な年齢になっちまった自分に驚く。
本当に、40代からは「あっ!という間」だ。
いつも潰れるまでノンストップで飲み続けるあいつも、飲むほどに饒舌になる美しいあの人も、一軒じゃ物足りずに必ず三軒以上梯子するあいつも、酒が入るとやたら面倒臭くなるあいつも、ウーロン茶だけで酒飲みの相手ができるあの女性も...今じゃみんな何処かに行っちまった。

 

男の平均寿命は80歳くらいだが、「健康寿命」ってやつは72.14歳だって事実に、改めてショックを受ける。
もう、俺には時間が全く無いのだ。

 

そもそもは、まさかこんなに長生きするとは思っていなかった俺の人生。
24歳で結婚して、27歳くらいからずっとフリーのイラストレーターとして食ってきた人生。
とても長生きできる感じがしなかったから、友人に「俺が死んだら女房子供の面倒頼む」、「おう、任せておけ」なんて約束してたのに、みんな先に死んじまいやがって。


そんなドタバタを繰り返しながら、もう45年間も俺はフリーの仕事を続けてきたわけだ。
(本当に、売り込みも出来なかったのに、今でもよく仕事が続いているもんだ。)

 

 

...フリーの仕事と言うのは、会社員のように先輩後輩も定年も転勤も無いから、自分の「相対的な」年齢を自覚し難い。
付き合う編集者と、つい同じような年齢のつもりでいてしまう。

と、ある日いきなり「あなたは、僕の父と同じ年齢です」なんて担当の編集者に言われて...しみじみ驚く。
気がつくとちょっと前まで一緒に仕事をし、酒を飲み、ゴルフを遊んだ編集者は、いつの間にか編集長になり出版社の役職になり...もうとっくに定年となり会社を去っている。

 

「え? 俺はここに居るのに、なんでみんなもう居ないんだ?」
「みんな、一体どこに行っちまったんだ?」
いつもそんな気持ちが、片隅にある。
そして、他人に自分の年齢を指摘され...ショーウィンドウに映った老人の姿に、ただ驚くことになる。

 

そして現実は、今の俺はもう健康寿命のその限界の年齢だって事。
来年はもう無いかもしれない...来月も、明日も...未来はか細い。

 

 

だから、出来る間(5・6・10・11・12月くらい)は、週一のゴルフを続けて、年20ラウンドは遊ぶつもり(今年はすでに14ラウンド)。
そして、ヒッコリークラブというオモチャを見つけたのはいいが、思ったより体力・感覚の劣化が激しく、なかなか満足出来るゴルフが出来ないのが悔しい。

 

 

そんな夢まで見るようになって、俺の18番ホールは夕日の中で木々の影を長くして、静かに黄昏て行く。