ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

長女が下駄で登ったランクルBJ44

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当時のランクルのBJ44は、パワーアシストは一切無く、クーラーも無く、エンジン音がうるさい、乗り心地もラフな...「乗用車」としての装備は殆ど無い「土木作業車」の範疇に入る車だった。

しかし俺としてはこのランクルは憧れの車で、中古車と言ってもまだ新車同然の車(もちろん「俺にとっては」の話)に見えて、初めは結構ワックスがけやら洗車やらをマメにやっていた。
狭い借家の庭に無理やり入れて、なんだかんだと4x4マガジンで仕入れた情報をもとに手を入れていた。

そんなある日の大事件。
まだ4つくらいだった長女の声が、俺を呼んでいる。
「おと〜さ〜ん」「オト〜サ〜〜ン」

「?」
その嬉しそうな得意げな声を聞いて、仕事の手を止めて声のする庭を見てみると....「あ〜〜!」
なんと...長女が俺の普段履いていた下駄を履いて、嬉しそうにランクルのボンネットの上で両手を振っている....
ランクルBJ44は、クラシックカーの様にほぼ直角の面の組み合わせでできている車だし、バンパーやフォグランプやなんやかやと「手がかり」は多い車だけど...小さな子供が登るには結構な高さだし、ましてやそれを俺が普段履いていた大きな下駄を小さな足に引っ掛けて登ったんだから、彼女にとってはえらい大変だったろうし無事登れたことは最高に嬉しかったことだろう。
その得意満面の彼女の足下は、そこに至った苦労を証明するように黄色い車体の上にガチャガチャの傷跡が...

あ〜〜〜とは思ったものの、怒る気にはならなかった。
腹の底で「可愛いなあ」なんて、思ってしまって。
...俺はこの長女に何度も衝撃的な感覚の目覚めを味わっている。
最初はこの娘が二つか三つになった頃か...いつも寝る前に台所の隅に置いてあったプラスチックのゴミ箱の上に乗って歯磨きをしているのだが、その日はたまたまうちの奥さんがキャベツをそのゴミ箱の上に乗せていた。
それでゴミ箱の上に乗れない娘が、キャベツに向かってまるで自分と同じ人間に対するように抗議しているのだ。
「キャベツさん、どいてよ!」
「そこはふーちゃんが使うの!」
「キャベツさん、お願い、どいてよ〜!」
本当に本気で真剣に抗議して怒っている。

俺はこの時初めて「ああ、なんて娘って可愛いいんだ!!」と腹の底から思ったのだ。
もちろんその前から可愛いと思っていたんだけど、どこかピンとこない部分もあった...自分のお腹を痛めたという実感が無いためか、どこか他人事のような気があったのだ...が、この事件で俺はいっぺんに全面的に娘に惚れてしまった。
本当に本当の実感としての「娘って可愛い!」てやつだ。

このランクル登頂事件も、俺の大きすぎる下駄を履いて一生懸命にボンネットまで登って得意げに俺に手を振る娘に、「可愛い!」としか思えず、車を傷つけたなんてことはそれに対してなんの意味も無かった。
盛大な擦り傷が山の様についた事も...俺には「ランクルにはそれもお似合いか」なんて思えてしまった。
それに、俺が履いていたものを真似して履きたがる娘が可愛くないはずがないだろう。

車を傷つけた事で俺によっぽど怒られると思って、うちの奥さんは懸命に娘を叱りながら庇っていた...でも、俺が呆れてはいたのに怒らなかったことが不思議でしょうがないという顔をしていた。
ランクル...いや俺にとって車ってやつは、「旅するための道具」であって、決してその車自体をどんな形にでも自慢するつもりは無いって事を、うちの奥さんはその時に初めて知った様だった。

今でも、時々思い出して笑ってしまう。
あの小さな娘が、あの大きなランクルのボンネットに俺の大きな下駄を履いて登るのは、きっと一世一代の大冒険だったんだろうなあ...

...本当に、転げ落ちないでよく登れたものだ。