ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

そーしゃるでぃすたんす

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スーパーのレジの床に線が引かれ、「次の人はここで待つように」と注意書きが書かれ、レジの人との間には透明なビニールシートが吊るされた店が多くなった。
くっついちゃいけない、近づき過ぎちゃいけない、唾を飛ばしちゃいけない、と「武漢肺炎」はこれからの「他人との距離感」を規定し始めている。
「ハグする」とか「頬にキスする」とかのラテン系挨拶は日本人的には「近すぎる」とは思うものの、「握手」とか「近い距離で静かに話す」なんて距離感さえもこの肺炎は否定する。
人間の距離感というのは、案外これをきっかけに変わってしまうのかもしれないなあ...
まさに、これが「病気が人類の生活を変える」ってことなのかも。

買い物じゃあ、レジ周りで距離感が規定されているものの、買い物中の距離感はまだまだ曖昧で、みんなが戸惑っている。
決断力のない買い物客が売り場で迷っていると、距離を保とうとする他の買い物客が結局その周りに溜まってしまう、とか。


先週は14日に俺が不整脈の検診で市立病院、17日に奥さんが大学病院に行ったが、ちょっと驚いたのが待合室で待っている人の数。
以前と比べると、待合室の椅子に座っている人が半分くらいしかいない。
肺炎の感染の確率が一番怖いのが病院の待合室と思っているので、奥さんにうつらないように万全の用意をして行ったのだが...「そーしゃるでぃすたんす」が一番行き届いているのが病院のようで、いつもは7〜8人掛けの長椅子にほぼ端っこに二人か、プラスセンターに一人の3人平均しか座っていない。
その間に詰めては座りづらい為に、座れない人は壁際に離れて一人・二人と立っている。
なので、いつもは「予約時間」を平均1時間は過ぎての診察となるのに、どちらもほぼ予約時間ぴったりに診察を受けられた。
待合室感染を恐れての予約制限なのか、いつもは不要不急の「来なくてもいい」患者が多くて、そういう人達が来なくなった為なのか、肺炎予防としては以前よりましな状態になっている。
ただし、支払い精算の場所は今までと同じようにゴチャゴチャと人が多かったので、画龍点睛を欠いてはいたけど。 

 

20・21日とうちの奥さんの治療の第3クールが始まる。
治療の効果はまだはっきりとは分からないが、副作用は1度目よりは2度目が少し弱くなってきている。
3度目はより効果が現れて、副作用はより少なくなる事を願う。


世間は長かった桜の季節が終わり(桜も、この災難の日本人を散るのを耐えてずっと応援していたんだ、と思う)、今はアメリハナミズキが満開となっている。

 

...「アメリハナミズキ」という名前を頭に浮かべる時に、すぐ隣に「アメリカシロヒトリ」という名前が浮かんでしまう俺は...やっぱり、変態なんだろか?