ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

ヒッコリー使うからって、スコアを諦めているわけじゃない

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なんかコンペ仲間にも誤解されていたようだけど、俺はヒッコリークラブと糸巻きボールでゴルフやってるからって、良いスコアを出すことを諦めているわけじゃない。

こんなゴルフを遊ぶようになって、プライベートなラウンドではスコアカードを使わないけれど、「いいスコアを出したい」という気持ちはずっと持ってる。

 

ただ、以前のゴルフの様に「他人より飛ぶのが当たり前」「絶対に刻まない」「グリーンに届く距離なら乗せなくちゃいけない」「アプローチは1m以内に寄せなくちゃいけない」「ボギー以上は叩いちゃいけない」「90以上は絶対に叩かない」等々を意識した、「身の程知らずの傲慢ゴルフ」を二度とやりたくないだけなのだ。

 

以前の俺は俺自身が感じる「悪いゴルファー」だった。

「こんなゴルフじゃダメだろ」なんて、いつも帰り道に思ってた。

謙虚なゴルフをしようと思っていても、始まるとイケイケになっちまって無謀な攻めを繰り返し、当然ミスの山を築いて前半で望みを無くし、「愚痴と後悔」の後半を消化するパターンが多かった。

俺の愚かな性格では「飛ぶドライバー」を持っていれば他人より飛ばしたいし、「切れる」と評判のアイアンクラブならピンに打たなきゃ気が済まないし、「寄る」と評判のウェッジなら寄らなければ腹が立つ。

当然「入る」という評判のパターなら、入らなければパターをへし折る。

それは直そうとしても治らなかった。

(飛ばないように、乗らないように...なんて格言を知っているのに、ね)

 

そんな俺にとって、飛ばないヒッコリークラブに飛ばない糸巻きボールは、そんな昔のゴルファーの言葉を自然に実践させてくれる魔法の道具だった。

当然スコアは作れない...以前のクラブの感覚が残っていると。

一本一本重さもしなりも丈夫さも違う百年前のヒッコリークラブで、やはり一個一個打ってみなければどのくらい飛ぶか止まるかわからない数十年前の糸巻きボールを「使わせてもらって」ゴルフをすると、自然に「謙虚に」「頭を使って」のゴルフになり、多少距離があっても難しくても「ボギーオン」でスコアを作るゴルフが当たり前になる。

最近そういうゴルフに慣れて来て、「半分のホールでパーが取れるかも」という手応えが生まれてきた。

なので目標スコアが、ボギーペースの45から「4つのパー」をとる41に変わって来た。

トータル10オーバーの82が目標だ...とは言っても、これに対してキリキリと緊張しての「必死のゴルフ」をするつもりはない。

 

まだまだそんなスコアは出したことは無いが、「ヒッコリークラブを壊さずに」こんなスコアを目指す事が、今の俺の「ジジーのゴルフ」。

 

 

 

明日はホームでうちの奥さんの練習代わりのラウンド...俺は先のオープンコンペでミスが多かった120〜140y用のマッシーを2本使ってみる事と、5wの代わりのfwの試打をしながら秋のゴルフを楽しむ。