ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

緊張しない人なんていない

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1987年、東鳩レディスの試合だった。

それほど真剣に見るでも無く、最終日のテレビ中継を見ていた。
本当は、その後の時間に録画中継される男子ツアーの試合を見るのが目的だった。

その最終日にリードしていたのは、当時売り出し中の「若手美人ゴルファー」奥村久子。
当時は女子プロの事はあまり興味が無くて、奥村がどんなゴルファーであるかなんてことは全く知らなかった。
しかし、アナウンサーは彼女が「物事に動じない、怖いモノ知らずのゴルファーである」と盛んに言う。
その奥村は、2位大迫たつ子を1打リードして最終ホール、約13メートルにパーオンする。

2日目を終わった時点で8アンダーの奥村は、5アンダーの大迫を3打リードしていた。
奥村は最終日4打落としていたが、大迫も2打落としていた。
奥村のプレーぶりはそれでも落ち着いていて、初優勝を目前にしたゴルファーの様には見えなかった。

18番でパーオンした時点で、またアナウンサーが「彼女は今まで緊張してプレッシャーを感じたなんて事は一度も無いそうですよ」
「この場面でも初優勝のプレッシャーなんて感じないんでしょうねえ」
「本当にモノに動じない大物の風格を感じます」
...なんて事を何度も繰り返して行っていた様に記憶している。

その時、解説をしていた岡本が小さな声でそれに対して
「緊張を感じない人なんていませんよ」
そして更に聞き取れないくらいの声で、大きな声で喋り続けるアナウンサーの影で
「緊張した事が無いって言う人は、まだ緊張する場面に出会った事が無いんですよ」

しかし、アナウンサーにはその言葉が全く聞こえなかったようだった。

パーオンした奥村のファーストパットは1メートルちょっとに寄った。
入れれば優勝のパットは、アナウンサーの言う通りだったら簡単に入れる事が出来るラインだった。
が、それを外す。
50センチも無い3パット目。
...それも外す...2オン4パット。
大迫の逆転優勝を許し、2位でフィニッシュ。

もう奥村の優勝が決まった様な騒ぎだったアナウンサーには、言葉も無い。
「信じられません」と繰り返すだけ。
岡本も何も言わない。

このシーンが、あれから25年も経つのに頭に鮮明に残っている。

この年岡本は腰痛で引退の危機から復帰して2年目、LPGAツアーでのアメリカ人以外で初の賞金女王になり、年間最優秀選手にも選ばれている。
岡本文子は日本で44勝、アメリカツアーで17勝、ヨーロッパで1勝しているが、メジャーは単独2位が4回、2位タイを2回経験しながらついに勝つ事が出来なかった。
緊張もプレッシャーも、彼女程感じながら戦ったゴルファーはそうはいないだろう。

だからこそ、目に見えない緊張とプレッシャーを奥村が感じない訳が無い、と心配もしたんだろう。

アナウンサーにさんざん「プレッシャーや緊張に強い」と言われた奥村は、その後優勝争いに絡む事は二度と無かった。
(しかし、現在は大相撲の親方と結婚し、沢山の弟子達を育てる腹の座ったおかみさんとして大活躍しているそうだ)

ゴルフってヤツは、どんなに強面の大男だって、あんな小さなボールを前にして緊張しプレッシャーに潰されそうになるおかしなゲームだ。
だけど、それこそがゴルフの面白さ。
緊張して身体が言う事をきかない様な気持ちになったら、岡本の言葉を思い出して「誰だって緊張しているんだ、自分だけじゃない」って、言葉に出して言ってみるといいと思うよ。