ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

「2ペナ払えば、動いてるボール打っても良いのさ」

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そう言って「確信犯」として、バンカーに落ちようとした動いているボールを打ち返したフィル・ミケルソン
流石に「それはおかしい」と、抗議したかっての2年連続チャンピオンのカーチス・ストレンジ。
しかし、フィル・ミケルソンは全く悪びれることなく「2罰打払えば良いんだろ?」「以前からやろうと思っていた事だ」...

まるで良い人の代名詞のように思われてきたミケルソンだが、正直悪い噂も何度か聞いてはいた...で、やっぱりこう言う男だ。
ミケルソンのやったことは「ゴルフ」というゲームの根幹を揺るがす行為だと思うのだけど、USPGAの反応は意外なほど小さい。
ゴルフというゲームの基本は「ライのゲーム」...自分の打ったボールがどんな結果になってもそれを受け入れて、「play the ball as it lies」が原則。
(とは言っても「6インチプレース」なんてインチキローカルルールが使われていたりするが)
その言葉は、結局自分の打ったボールがやがて「自然に止まった所」から、またプレーを始める事で成立する言葉だろう。
自分でまだ動いているボールを打って、その条件を変えることなどゴルフというゲームが始まった時から全く想定外だったはず。
だって、そういうゲームをしたいならホッケーや野球やテニスをすればいいんだから。

ゴルフには本来審判は居ない...インチキやろうとすればやり放題になるところを、それぞれのゴルファーの誇りとプライド、それに日本でいう「お天道様が見ている」という「自覚した不正はしない」ということでゴルフはゲームとして成立し、楽しむことができる。
ルールや罰則があるのは、例えば打とうとした時にボールが動いてしまった、とか「うっかり」「間違って」「勘違いして」「知らないで」自分に有利になるような行為をしてしまった...それじゃあアンフェアになるので罰打を付加して、フェアな状態に戻しましょう、というのが根本の精神だろう。

それを「意図して2罰打を承知でインチキをやる」というのは、「意識してルールを悪用する」、と言う本来はゴルファー失格の行為だろう。
(まあ、プロゴルファーというのが「ゴルファー」ではなく、「ただのゴルフを使った賞金稼ぎ」だと思えば納得はするけれど。)
ただ、こうなると「ゴルフに審判は居ない」どころか、「ゴルファーには各自監視カメラをつけろ」なんて、まるで「性善説」から「性悪説」への大転換のような事態となってくる。

以前も「木が邪魔で左打ちしかできない」「左打ちだと足が道路にかかるから、ドロップする」「ドロップしたら、右でも打てるようになったので右でナイスショットをした」というのが、インチキかルール通りの処理をした結果だから許されるかで論争になったことがあったが、「ルールを知っていれば、悪用も利用もできる」のだからルールをしっかり勉強する方がいい、という結論になった。

そのルールが複雑で判り難い、というので近いうちに大幅なルール変更がある。
その変更は、「簡略化」と「スピードアップ」が最大のテーマで、その中に「最大スコア」とか「アンプレヤブルでバンカー脱出」とかの、今までのゴルフの常識が変わる「え?」と驚く変化がある(詳しくは後ほど)。

そうした変化を考えると、ミケルソンの行為は近未来のゴルフの姿を象徴的に見せた出来事だったのかもしれない。


...ああ、つまんねえな、ゴルフも。