ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

歩き続ける男

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挨拶もロクに返してこなかった。
他の3人は挨拶と自己紹介を終えていたのに、この男だけは離れた所に居て、スタート時間になるまで近くに来なかった。
小太り、と言うのは遠慮がちな表現...普通に見て太っている、そして多分4人の中で一番若い。

こんな平日のオープンコンペに参加するんだから、定年を過ぎている年齢のはずだが若く見えるし態度が大きい...と感じた時に「ああ、この男はきっと定年まで会社の偉い部署に居たんだろう」と気がついた。
わりと最近までの会社員生活で沢山の部下に囲まれて敬語で敬われる生活を続けて来たから、こんな他の人間が皆年上で、どんな仕事をしていた人か判らないグループに入ると自分の対応の仕方が判らないんだろう...

スタートホール、彼はアドレスに入ると急に饒舌になった。
「オレはいつも朝イチは力が入るんだ」「ここは右からフックで行きたい」「せっかくシャフトを替えたんだから、飛んでくれよ」
....大ダフリして100ヤードも飛ばなかった。
「ああ、右手に力が入った!」「右肩が下がった」「ボールの位置が悪かった」「クソ!」

「乗らないんですか?」
「あ、私は歩きます」

結構全体に高低差のある傾斜の多いゴルフ場だったが、男は歩くのでカートに乗らないと言う。
道具やシューズなどを見ると全て高価そうなものばかりだったが、ゴルフはそれほど上手くなく、毎回ボールに触って良いライに置き直して打つ所を見ると、それが普通な所謂「接待ゴルフ」でずっとゴルフをして来た男だな、と想像出来た。
....そして、ゴルフは好きで確かに楽しんでいるんだけど、何かに凄く怒っているような雰囲気も...

昼食時に、独り言の様にニュースになっていた「マンションの基礎の杭打ち不正問題」に触れて、「あんな事しているから会社がマズくなるんだ」なんて言いだした。
「あちらの業界のお仕事なんですか?」
「いえ、建設関係の仕事ですが腹が立ちましてね」
(そうか、それで怒っているのか)...その時はそう思ったんだけど...
ちょっと話を変えて「今はもう定年は過ぎたんですか?」
「ええ、もう62ですから、2年前に会社はやめました。」
「これから貯金がなくなるまで遊ぶつもりです。」...!


他の70代の人との話で「奥さんもゴルフするんですか?」なんて話が出て来た。
「いやあうちは女房は女房の仲間でやってますんで、私は私で」
「うちはゴルフをやりませんで」
「うちはまわった事のないコースを旅ゴルフしてます」
....
彼は話題に入りたくないようだったけど
「...うちは、私が退職した時に病気して...」
「今は外に出られないので...」

話題が自然に無くなって、午後のスタートまでそれぞれに時間を潰す。

午後も彼はずっとカートに乗らずに歩き続ける。
ずっとボールを触り続け、置き直し続け...自分で自分のショットを解説し、望むボールを打てるように気合いを入れ、いい訳をし、反省し、チェックポイントを呟き続ける。
我々とは会話を極力避けているようだが、インチキや不正はしないし、プレーも遅くはない。
カートに遅れまいと太った身体を揺らしながら、歩き続ける。

多分、彼の人生は成功した部類の人なんだろう。
言葉や態度の端々に、そんな事が感じ取れる。

しかし、このゴルフ場を歩く後ろ姿には、まるで痩せ我慢の怒りと寂しさが出てしまっている。
,,,ひょっとしたら、ゴルフ場を歩く事は今の彼にとって遍路の旅の様なものかもしれないな...


そんな事を感じてしまうのは、オレが「ゴルフは人生に似ている」って思っているからかもしれないが...
秋晴れの空の下...男それぞれ、ゴルフもそれぞれ、我々馬鹿な男は「遊びをせんとや生まれけむ」...