ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

福の神

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Tさんは、60歳を少し越えた小柄な男性だった。

一緒の組になってラウンドしたのは、とあるコースの9ホールオープンコンペ。
他にうちの奥さんと、あちこちの一人でオープンコンペに参加しているという50年配のYさん。
コースは関東で1~2を争うという「トリッキーさ」で有名なゴルフ場。
プレーフィーの安さが魅力で、昼食付きで5000円もしない程。

天気もまあまあの中でスタート時間になったが、このTさん前の組を見ている時から何やら嘆きだした。
「ああ、いいなあ。あんな風にティーショットがフェアウェイに行けば楽しいんだよなあ...俺なんか一打目が当たった事無いもの」

同じ組の人の時もそう、フェアウェイに打った人には「いやあ、いいなあいいなあ」「俺なんか何遍やってもあんなとこに打てやしない」
...左巻きOBを打っちまった私にも、「いやあ、凄いタマだねえ...あんなとこまでボールが飛んでくの見た事無い...いやあ凄い」
あの、ゴルフコース越えて田んぼの方に行っちまったんですけど、私のボール。

クラブは最新の人気クラブを持っている。
ただ小柄な所為か飛距離はあまり出ない...そして、この狭く難しいコースでその状況に合わせて打つ前に嘆きまくる。
左がOBのホールでは、「左が怖いよねえ」と言いながら右にポヨヨヨ~ンと弱々しいボールを当てる。
170ヤードの谷越えでは、「いっつも俺のドライバーじゃあここを越えないで谷へボールが落ちるんだ」と言いながら、それまでとうって変わったすくい上げスイングで、ダフった上に当たり損ねて嘆き通りに谷ヘボールを落とし込む。
そして人生の不幸を一人で背負ったみたいに、長く悲しい泣き言が続く「この谷越えれば死んでもいいよ~」(他のホールではそんな距離はちゃんと打てている)。
ほぼ全てのホールで、ほぼ全てのショットで嘆き通したあげく、世の不幸を全て背負った様に悲しげに肩を落としてハーフを終える。

昼食時、「このホールじゃいいスコアを出した事無いんだ」
「本当にここは難しいよなあ、絶対に谷を越えないホールもあるし、グリーンも難しいし...」
「ここはちょっとトリッキーすぎるでしょう。他にはどんなコースに行くんですか?」
「え? 俺、ほとんどこのコースしか来ないよ。毎月2回のオープンコンペ出てるし、ほぼ毎週来てる」
「コンペ毎回出てて、いつも賞品貰ってるんですか?」
「いやあ、俺、もう何十回も出てるけど参加賞以外貰った事無いよ」

「ただ、俺と一緒に廻る人はかならずなんかの賞に入って、いい物持って返ってるよ」
「だから俺、福の神って言われてる。」

確かに。
その後注意していると、彼が嘆いて話しかけた人にはすぐにラッキーが表れる。
嘆かれた後のうちの奥さんのティーショットは、OBの谷に1直線だったのにたった一本立っていた木の幹に当たってフェアウェイに戻って来た。
やはり嘆かれた後のYさんのショットは、明らかにミスショットで谷に落ちそうだったのが手前のカート道路に跳ねてOBの谷を越えてグリーン側に...
明らかに引っ掛けてOBゾーンに言った私のボールは、林の中でキンコンカンコン音を立てながら落ちて来てなんとグリーンのカラーまで...

彼の泣き言を聞いてあげると、確かにその後何かいい事が表れる。
その代わりに彼にはラッキーは何も無い...どころか...。

言っちゃ悪いけど、見た感じは福の神の正反対の神様の様な雰囲気のTさん、自分のラッキーをあの童話「幸福の王子」の様に他人に分け与える人なのかもしれない。
いつかは彼にもラッキーが束になって落ちてくるのかも...嘆くのやめた時に。

ラウンド終わってフロントに行った時には、もう成績表が張り出してあった。
Tさんの話を聞いて上手くまとめていたYさんは、今度は「きっと自分の番」と期待して見に行ったけど微妙に外れて参加賞。
じゃあ、ひょっとして俺?...も参加賞。
Tさん、今度もやっぱり、の何十回目かの参加賞。

まさかうちの奥さん?
...ずっと名前が無い。
「あった! ビリから2番目。」
福の神のプレゼントは、ブービー賞でありました(やはり御利益、御利益)。

で、その福の神さん
「今度は来月の第一水曜か、よ~し。」
...めげてない。