ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

父親という男

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Yさんは、少し前に30を越えた。
仕事は一応正社員になっているが、給料は安く忙しい。
見栄えは人並みよりは少しいいと思っているが、男の噂も無く付き合う相手も無く当分独身。
過去に付き合った男がいない訳じゃ無かったが、いずれも気持ちを揺るがすような深い付き合いにはならず、付き合う男がいない事が不満でもない。

いまのYさんには計画がある。
少ない給料から少しずつお金を都合して、ゴルフの道具を揃えているのだ。
そう思い立ってから1年以上かけて、一応クラブやバッグ・シューズ類は揃える事が出来た。
クラブ類は新しいものはとても払える金額ではなかったので、中古ショップやネットのオークションや安売りを探して揃えた。
知識としてはなんでもネットで手に入るので、ゴルフの道具類の選び方や基本的な知識は勉強した。
ルールや歴史も勉強したが、さすがに技術的なものは頭で考えるだけでは無理で、お金が出来たら練習場の教室に入ってレッスンプロから教えてもらうつもりでいる。
だけど、その前にこの半年くらいは少しずつウェアを揃えなければならない。
普段からあまり服装にはお金をかけていないので、ゴルフで着られそうな服は1着も無かったので。

yさんは、3年ほど前までゴルフには全く興味を持っていなかった。
むしろ、大嫌いだった父親の熱中していたものだから、大嫌いともいえるものだった。
その父親は、3年前にゴルフ場で倒れて死んだ。
以前から「死ぬならゴルフ場で」と言っていたらしいから、本望だったろう。

その父親とは思春期に入った中学の頃から仲が悪かった。
自分のやりたい事にはことごとく反対し、自分と顔を合わせる時は怒った顔しか見せた事が無かった。
そんな父親が心底嫌いで、高校を出て大学に行く時には遠く離れた東京の大学を選んだ。
それからは年に一度くらいしか家には帰らず、そのまま東京で就職し、十年以上経ってしまった。
父の葬儀には、参列した。
久しぶりに見た父の顔は、すっかり年寄りの顔になっていて昔の怖いイメージはなくなっていた。
すぐに帰るつもりだったYさんに、父のゴルフ仲間という二人の男が話しかけて来た。
「あなたが、娘さんですか..」
「いつも一緒にゴルフやるたびに、あなたの話を聞かされてました。」
「あいつはいつもあなたの自慢ばっかりするんですよ」
「子供の頃一緒に手をつないで散歩した時が一番幸せだったって、酒飲むと繰り返してねえ」
「東京ではバリバリ仕事をやっているから、忙しくて大変なんですって?」
「仕事やりすぎて体を壊さないか心配してましたよ」

「あいつ、パターのヘッドカバーはあなたの子供の時の靴下なんですよ」
「娘のおかげでパットはよく入るんだ、なんて自慢して」
「そういえば、マーカーにもあなたの子供の時の写真を入れていたなあ...」
「そのうちに娘とゴルフやりたいなあなんて言ってたのに、こんなに早くねえ..」

途中から涙が出て来た。
知らなかった、父親がそんな風に思っていたなんて。

「ずるいよ。」
「あんたは強面の父親だよ..口に出して言ってくれなきゃわかんないじゃないか..」

残された父親のバッグを覗いてみると、パターには自分が3つの時に履いた赤い靴下がかぶせてあった。
マーカーを探してみると、少し大きなマーカーは蓋がついていて、開けると自分の中学生の時の写真が貼ってあった...父親に写真とられるのがいやそうな膨れっ面をして。

東京に帰って1年考えた。
父親が熱中していた、ゴルフをやってみようか。

それから2年経ってまだ始められないけど、道具を買う時やバッグを買う時につい父親を考える。
父親の事をこんなに考えるは、生まれて初めてだったかもしれない。

父親のマーカーは東京に持って帰って来た。
...そのマーカーには自分の写真は外して、父の写真を入れてある。