ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

捨てる人

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今週の掃除当番だったAさんは、早朝の5時に大型ゴミの集積場を見に来た。
この日回収する大型ゴミは、全て市に連絡してお金を払わなければ持って行ってもらえない物で、時折内緒でそういった物をここに捨てて行く不届き者が居たりする。
その日当番に当たった人は、そういう事をされないように朝早くから時々見張りに行く事になっていた。

その集積場に来た時、Aさんはパート仲間のSさんが何かを抱えて来てそこに置いて行くのを見かけた。
集積場を見渡してみると、タンスや事務机や壊れたストーブなどと一緒に彼女が抱えて来た赤いゴルフ用のキャディーバッグが置かれていた。
古そうな物だけど、女性用にしては大きくしっかりした作りで、ずっしりと重かった。

Aさんは近所の古い友達の誘いでゴルフを初めて10年近くになる。
近所同士で仲が良かった4人がおしゃべりばかりじゃなくて他に何かしようと、揃ってゴルフ練習場の安いゴルフ教室に入ったのがきっかけだった。
ちっとも上手くならなかったけどラウンドは楽しいので、それ以来二ヶ月に一回くらいの割合で安い河川敷に遊びに行っている。
そんなAさんだけど、パート仲間のSさんがゴルフをするなんて聞いた事も無かった。
パートの間、世間話や遊びの話はしたけれどゴルフの話が出たことなんか一度も無かった。
...悪いとは思ったけれど、誰もいなかったのでそのキャディーバッグをあけて中を見てみた。
驚いた。
古い物なので、ウッドはヘッドが小さくてシャフトは硬くて鉄の棒のようだった。
そのヘッドカバーは全て揃っていて、可愛さなんて無い男物の様。
一番驚いたのはアイアンのフェースの薄さ...Aさんのアイアンの半分も無い厚さで、ただの鉄の板のように見える。
とても自分には使えそうも無い物だけど、いかにも本物そうなこのフルセットを捨ててもいいのかしら...そう思いはしたけれど、(他人のプライバシーに踏み込むのも失礼と思い)結局黙ってゴミ収集のトラックに乗せられて行くバッグを見送った。

少し時間が経ってから、パートの時にSさんにバッグの事を聞いた。

「あたしの当番のときだったから、見かけてしまったけど..あんな高価そうな物を捨ててしまって良かったのかしら?」
「あ、見てたんですか...」
「あたしも遊びでたまにラウンドするもんだから...もしゴルフやってるならご一緒にどうかと思って」
「ゴルフはやりません。とても今はそんな余裕無いですし。」
「昔、ずっと若い頃...学生の時に少しやっていたんですけど、やめました。」

その時はそれで終わった話だけれど、パートの度に少しず話をしてくれるようになった。
父親がシングルハンデで、中学に入る前から父親に教わってゴルフを始めた事。
始めは面白くて夢中になったけど、中学・高校とゴルフを続けて行ってだんだんゴルフが嫌いになって言った事。
「ラウンドするのは好きだったんですよ...ボールを打つのも気持ち良かったし」
「でも、中学高校と行くうちに、ボールを打つ事よりもスコアをつける事の方が大事な事になって行って...どんな球を打ったかって事より、数字が小さければなんでもいい世界になってしまったんです。」
「父も、始めは一緒に廻っていい球を打つと褒めてくれたのに、だんだん数字が少ない事しか褒めてくれなくなって」
「私は練習や遊びのラウンドで気持ちの良い球を打つ事が好きだったけど、スコアの競争になる試合は楽しく無かったんです。」
「だから高校での試合の成績は全然悪くて...父は褒めてくれなくなって、逆に怒ってばかりで。」
「...父との関係がどんどん悪くなって、それで家を出て東京に来たんです。」
「それで、真面目だったうちの人と結婚して今の生活です。」
「とてもゴルフなんかやる余裕は無いけれど、ここの生活に満足しています。」

「あのバッグですか...」
「この前父が死んだんです。」
「母が、父親がお前にって用意していたバッグだから家に送ると言って..」
「今はゴルフをやるつもりも無いし、余裕も無いし....うちの人もゴルフをやらないし、あっても置く場所も無くて邪魔なだけだったので処分したんです。」
「古すぎて、中古クラブ屋も買ってくれませんでした。」

「ええ、父とは結局仲直り出来ませんでした...私を女子プロにするのが夢だったようですから、私を許せなかったんでしょうねえ。」

「私はゴルフ始めた頃みたいに、ずっと父に褒めてもらいながらラウンドしたかったんですけど。」