ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

ムスターファ

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ヤ ムスターファ ヤ ムスターファ
~純情可憐なムスターファ・・・

なんて歌が流行ったっけ。
Yさんの顔に、苦い笑いが浮かぶ。


昔、坂本九が歌ってヒットしたその歌は、日本語の歌詞しか知らないが最近よく頭に浮かぶ。
...それは、ムスターファと言う貧乏な若者が素敵な女性に恋をする話。
しかし、その女性は奴隷の身の上で、自分の恋人にするためには莫大な金が必要だった。
そのために、ムスターファは金持ちになって彼女を買い受けるために必死に働く。
様々な苦労をしてムスターファは金持ちになって行き、やがてトルコで一番の金持ちになる。
やっと彼女を手に入れて幸せになれると、彼女の元を訪ねると....彼女はもう60歳になっていた...それで歌の題名が「悲しき60歳」。

金持ちになって彼女を自分のものにしようと、懸命に働いているうちに時の経つのを忘れてた。
それは今の自分の姿と同じだ、とYさんは思う。

30歳でゴルフを始めたYさんは、すぐにこの遊びに熱中し、自由になる時間にはゴルフの事ばかり考えるようになった。
3年経つと、遊びだけでは飽き足らなくなり競技ゴルフにも夢中になる。
そのために自宅から100キロ以上離れた場所にあるコースの会員権を買った。
まだ会員権の値段は高く、普通のサラリーマンであるYさんが手に入れられる価格のコースは、その辺りにしかなかった。
そこはホール数も会員数も多く、月例も受付開始したらすぐに申し込まないと参加できないコースだった。
当然クラブライフと言われているようなものはなく、Yさんは腕試しと技術確認のために毎月月例に参加するだけだった。

そんなYさんに、いつか入りたいと考える「夢のコース」があった。
ホール数は18で、著名な設計家が設計し、コースレイアウトの評判もよく、会員数も少ない。
昔からある名門コースと違って、金さえ用意できれば会員になる敷居も高くなく、自宅からの距離も自分のコースの半分だった。
しかし、会員権の金額は1000万円を遥かに超えていて、Yさんには近い将来まで考えても手のでない夢のコースだった。
Yさんは貯金をした。
ゴルフのプレーは自分のコースだけにして(仕事の付き合いは除いて)、昼は弁当、夜の酒の付き合いも減らし、クラブやボールやウェアも中古や割引品を最低限必要なだけ買う事にした。
10年では無理だった。
20年では、家庭生活での必要経費が増えたので貯金に回す金は殆どなかった。

そして、最近になってそのコースが倒産して民事再生法を受け、大手のゴルフ場経営会社に買われたのをニュースで知った。
そして、そのコースが新しくメンバー募集を始めた事も知った。

その値段は高かった時からは一桁違う金額。
Yさんが今まで貯めて来た金で十分買える金額。
思わず飛びつこうとしたYさんは、焦る気持ちを抑えて一晩待った。
...夜中寝ないで考えた。

Yさんは、60歳を過ぎていた。
会社は定年退職して、今は年間契約で以前の給料の半分余で勤めている。
ボーナスは出ない。
年金をもらうまでにはまだ時間があり、退職金だって不景気のためか思ったより多くはなかった。

そして自分のゴルフを考えた。
好きな気持ちは変わらない。
まだシングルハンデは維持している。
しかし、飛ばなくなった。
そして五十肩は治ったがひざを痛めて、スイングが思うように行かない。
最近は腰にもずっと痛みがある...血圧も高くなり、筋力も衰えた。

憧れ続けたコースだけれど、今これからの自分があのコースでゴルフライフを楽しめるだろうか?
毎週コースに通ってメンバーライフを楽しむ事が出来るだろうか?
月例に出て、良いスコアを目指して、メンバー同士で競い合う競技生活を始められるだろうか?
自分のゴルフライフなんてあと数年しか残ってないんじゃないか?
年会費が今いるコースの2倍以上だけど、それを払う事が負担にならないか?

...遅すぎたかもしれない。
10年前だったら、今の悩みの殆どは関係なかった。
20年前だったら、後先考えずに飛び込んでいた。
ああ、いまはそれが...
...悲しき60歳...

ヤ ムスターファ~ ヤ ムスターファ~
あのメロディが、繰り返しYさんの頭の中を流れている。
..時の経つのを忘れてた...