ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

グラム30円...(2)

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「ご不要の銀製品があれば、高値で買い取ります」
そんな電話がMさんにかかって来たのは、一週間程前の事。

...ゴルフ仲間との会話で、そんな電話が最近かかってくるという事を聞いたのはひと月程前の事だった。
「なんでも、この県のコースでは月例なんかの優勝カップは純銀製品というところが多いんだそうだ。」
「そんな優勝カップなんかを売ると、結構な金になるみたいだぞ」
「以前なら銀のカップなんて二束三文だったのになあ」

その時に、Mさんは「うちにもしかかって来たら、カップはみんな売っちまおう」なんて考えていた。
Mさんは、T県に3つのコースを持っている。
と言うより「持っていた」と言う方がいいかもしれない。
バブルの時にはいずれも会員権価格は1000万円を軽く越え、2500万円くらいになったコースだ。
そのうち二つのコースでMさんは競技に参加していた。
ハンデは、8と10。

どちらも、会員やビジターの評判が良く、名門とはいかないまでも名コースとして知られていた。
コースレートも高く、競技が盛んで、まだ若かったMさんは毎週のように二つのコースの月例に参加していた。
優勝カップは、二つのコースともデザインは違っていても、同じような大きさの銀製のカップ
片方は2位も小さな銀製カップだったが、もう片方は2位からは銀製と言う置物だった。

月例の賞品の銀のカップだけなら、大小合わせて10個以上。
置物の類はその倍以上ある。

このカップ類は、獲得した時には「一生もの」として、自分のゴルフ人生が終わるまで大事にとっておくつもりだった。
それが、売れるなら売ってしまおうと思ったのには理由がある。

...堅実な経営で、コースの状態も良く、いつまでもあり続けると思った二つのコースは、いずれも数年前に倒産し今は大手のゴルフ場経営会社の経営に変わった。
倒産の理由は、どちらも預託金の返済が不可能となった事だった。
そして、コースの名前まで変わり、競技やプレーを楽しむためのシステムまで変わってしまった。

ハンデ8の方のコースでは、競技委員やハンディキャップ委員、マナー向上委員までやって愛着があった。
コースの記念事業の寄付金をして、石碑に名前が残っているし、ショートホールには生涯唯一のホールインワンの記念植樹までしてある。
このコースがあり続ける限り、自分が愛しプレーを楽しんだゴルフの証拠がここに残るはずだった。

...それが、倒産してすべてが変わってしまった。
新しい経営会社によりコースの名前が変わり、システムが変わり、プレーの流れが良くなるように易しく改造され、ショートホールの周りの記念植樹や記念石碑は撤去された。
もう一つのコースも、別のゴルフ場経営会社に買い取られ、Mさんの知るコースとは別なものに変わった。
知り合いの古いメンバーはやめて行き、安くなった会員権のために若いメンバーが増えた。

残ったのは3つのコースの中で一番レベルが低かったコース。
会員数が元々非常に多く、メンバーライフもへったくれも無かったコースだったが、メンバー数の多さが皮肉にも経営を安定させて、潰れずに今も続いている。

もう消えてなくなってしまった(Mさんはそう思っている)、二つのコースで穫ったカップの数々...
見る度に口惜しい思いのするそのカップを売ってしまう良い機会だ...そうMさんは思った。

グラム30円。
そう業者に言われた。
銀の飾り物は買えないとの事で、銀製カップ大小13個。
思ったよりもずっと安かったが、合計65000円。

これでMさんは新しいドライバーでも買おうと思っている。
もし、ゴルフの熱がまた高くなって来るようなクラブを手できたら、古い遺物を手放した甲斐があるってものだ。
もう普通の月例で勝てる事は無いだろうけれど、シニアやグランドシニアで新しいカップを穫ろうと言う気になるかもしれない。

...自分には過去を振り返って無駄に過ごす時間なんて、残っちゃいないんだから...
売り払ってすっきりしたタンスの上を見て、Mさんは改めてそんな気になっている。