ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

稚内カントリークラブ,,,(俺にとって最後の大人の遠足)−1

 

さて、こんな写真を見てコースの見当がつくゴルファーは少ないだろう。

 

2013年の11月、大紅葉のボナリ高原GCから始まった「大人の遠足」は、重病に抵抗してゴルフを楽しんでいた「あぶらげさん」を中心に始まった旅ゴルフ目的のグループ。
そこにあぶらげさんの運転手として彼女のパートナーのおいちゃんが加わって、みずお氏の情報を基として「死ぬまでに一度は回ってみたいコース」を回る...言わばゴルフ巡礼のようなラウンドを楽しむグループになった。

その旅は、あぶらげさんが亡くなった後、日本のゴルフの歴史に欠かせない名コースとして川奈GCをラウンドした。
豪華なホテルに泊まり、富士と大島を両方回る、俺たち夫婦にとっては一生一度の特別豪華な体験だったし、コースの知識の豊富なみずお氏の案内で本物の歴史的コースの魅力を細かく体験することが出来た。
(こんな経験も俺の変態ヒッコリーゴルフを本気にさせる動機となって、もう誰とも関係ない個人的楽しみのゴルフ道を歩く事になった。)

そして2019年、日本のゴルフの始まりの聖地「六甲の神戸ゴルフ倶楽部」で、ロッジに泊まってラウンドした。
まさにヒッコリーに向いた日本最古の、コースを堪能し、古いロッジで旨い酒を飲んだ後...俺にとっての「大人の遠足」は終わったつもりだった。

 

それが今回、みずお氏の「日本の北限のリンクスでゴルフをしませんか?」の誘いに、「俺はこれを逃すと北海道でのゴルフは生涯無いだろうな」の気持ちで「参加」の手を挙げた。
残念なのは去年から続くあちこちの壊れと、今年5月にいきなり来た「脊柱管狭窄症」の右足全体の痛みや痺れがほとんど回復していなかった事。
なんとかスイングでは当てる事が出来ても、「ただ歩くときの痛み」がほとんど治っていない状態...脊柱管狭窄症の症状である間欠跛行がまだ全く良くなかったので、歩くことやカートの乗り降りでも痛みが出た。
...折角の良いコースを十分楽しめないのが残念だった。

その稚内カントリークラブ。
こんなところだ。

 

 

笑えるくらいの原っぱ。
海が近く、風が強ければ遮るもの無く吹き抜ける。
一面に小さな花が咲く、天国のような緑の大地。
ここでボールを打つイメージが頭に浮かんだ人は、絶対に一度は尋ねた方がいい。
俺のように体が壊れてしまってからでは遅いのだ。

 

そこには

 

野生の鹿がいる。
それも親子で。
いや、家族一緒に5〜6頭も出て来る。

 

そして

 

こんな可愛い奴も挨拶に出てくる。
に見えるが、こういうウサギって案外獰猛そうな気がする。
なんたって「北の大地」で生き抜いているんだから。

 

 

キタキツネって奴は、なんと無く寂しそうに見える。
人を恐れず直ぐ近くまで来て、まるで甘えるように座り込む。
寄生虫や危険な病気の持ち主ということで、人は距離を取っているけど...人の周りをうろつく所在無げな様子は、「なんだか頭を撫でてもらいたい子犬のような態度だな」と俺は感じてしまう。

 

 

北海道の野生動物の中でも、熊だけは出会いたくない。
クマの出没情報やニュースは、かなり気になっていたけど...幸い、こんな赤クマしが見かけなかった。

 

 

...豪華な人造物は何にも無いけど花咲き乱れる広いリンクスは、ゴルファーなら誰でも楽しめる大人の遊園地だと思う。
それがわからない奴は、ゴルファーでは無くただ似ているゲームの玉打ち遊び人てことだ。

俺はできる限りの真面目なラウンドを目指したが、普通のラウンドは出来ず、また咲き乱れる花の間に俺の「腐った糸巻きボール」が行くと、ボールが全く見つからず(ボールの真上まで行ってもわからないことがあった。)、フェアウェイ真ん中に打っても見つからないロストボールが4つあった。
それをその辺にドロップしてプレーすると46〜7でハーフを回れた(ペナルティー無しで)。

が、後半は足が段々痛くなり、最後の2ホールはもうスイングが出来ず、ギブアップしてしまった。
まあそれでも、そこまでよく持ってくれた。
医者も反対していたゴルフだもん、北限のリンクスのゴルフを経験出来て良かった。
みずお氏、本当に感謝・感謝。

本当はこの午後ラウンドの他に、翌朝の早朝ラウンドも計画してくれたんだけど、俺は体調が限界でギブアップ。
もう少し体調が良かったらなあ。


ゴルフの予定はこれだけだったが、せっかくの「北の果ての旅」,,,てんやわんや・ドタバタ騒ぎがいろいろあって...の様子はまた後日アップします。