ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

懐かしい歌が聞こえてきたら...

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この前、仕事の合間にコーヒーを飲みながらボーッとしていたら、「モンローウォークしている〜」なんて、南佳孝の懐かしい歌が聞こえて来た。
この「モンローウォーク」って曲は1979年...俺が30歳の時の曲で、別に当時大好きってほどでもなかった。
ただ、夏の海には「きっとそういう青春もあるんだろうな」という、俺とは違う贅沢な青春を送っている人達への眩しさみたいなものを感じていた。

明るい夏の海辺で、自慢の水着の体を見せびらかして歩く年上の美女。
その女性に憧れる育ちの良い青年達の、甘い夏の思い出...みたいな歌だ。
モンローウォーク...マリリン・モンローがわざと腰を振って歩く、その歩き方を真似して小さなビキニに包まれた尻を振りながら砂浜を歩く、みんなの憧れの女性...なんてのが、そんな状況なんか見たこともない俺にもイメージとして浮かんできて、「いいなあ、そんな夏の青春」なんて思っていたっけ。

そんな歌を歌っていた歌手も当時は若かったはずだが、夜中のケーブルテレビで見かけた姿は...俺と変わらないような年恰好となっていた。

それを見て、俺は思ったのだ。
「あの浜辺で男たちの目を奪っていた、美しい女たちは今どうしているんだろう?」。
なんか、そうした女性たちは永遠に男たちの憧れるままの姿で変わらないはず、なんて男は妄想するんだが...真実は自分の周りにいる同年輩と女性と同じ姿になっているはず。
もう、あの「ピチピチの肌で、水を弾いて光り輝いていたビーナス」はもういないのだ。
男の目を集めて、優雅に歩いていた肉体はもう永遠に失われているはずなのだ。
いつの間にか自分の腹が出たように、自分の筋肉がしなびたように、顔にシワが深く刻まれてきたように...あの憧れの肉体も、時とともに膨らみ、萎み、たるんでしまい、若さの輝きを失って行ったに違いないのだ。


あ〜あ、時の経つのは速いなあ...
拓郎が「年老いた男が 時の流れを知る日が来るだろか」とか、
NSPが「自分の白髪が増えるのを気にする時が来るだろか」なんて歌った...歌った当時は「はるか先の話で、本当は今の自分には関係が無い」と感じていたに違いない時間に、みんなもう到達してしまったのだ。


青年はジジーになり、モンローウォークしていた美女はその辺にいる「オバーサン」になった。
水着になって男たちの注目を浴びることもなく、男たちも声をかける元気はなくなった。

うたた寝している時に、そんな夢を見た。

「ああ、あの素敵な女性たちは、もうみんないないんだ」と、自分の膨らんだ腹を撫でながらつい声に出す。

 


なんか、寂しいなあ。

ちょっと一杯飲みたい気分になった...