ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

ついにあの神戸ゴルフ倶楽部に!・1

実は前日、道の駅の車中泊予定地に着く前に神戸の六甲山をドライブした。
カーナビの地図を見ながら、六甲山の頂上らしき場所を目指す。
大阪に住んだことのある知人が必ず口にする「六甲山」は、きっと関西人の心の山なんだろう...これは見ておく必要がある、と思っていた。(去年亡くなった古い友達は、酒に酔うと必ず「六甲おろし」を歌っていたし)
途中、神戸ゴルフ倶楽部への入り口を確認し、「さて、どこが山頂なんだろう?」なんてあちこち捜しながら走っていたが、気がつくと「有馬温泉」の看板...頂上は通り越した?(結局頂上はわからず)

そこは深くは追求せずに道の駅に行って泊まり、興奮して早く目が覚めた5月30日...誰よりも早く神戸ゴルフ倶楽部の駐車場に到着。
天気は良く、誰も居ないコースを双眼鏡で見ていると、まるでコースの「主」のような立派な雄の雉を発見。

7時半を過ぎて少しずつ駐車場に車が増え、一緒に回るホワイトタイガー54さんやMIZUOさんが顔を見せる。
他にご一緒するポイゾンさんとWさんとメイプルさんも登場で挨拶。

さあ、あの「神戸ゴルフ倶楽部」の1日が始まった。

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受付の始まる時間になり、クラブハウスの正面に回ると...素晴らしい好天の下に写真で何度も見た、あのクラブハウス!
その姿は写真からイメージしていたものより、ずっと明るく小綺麗で、歴史の重なった重厚さよりも軽妙な洒落っ気を感じる。
「そうか、ここは同好の士の集まって作った大人の遊び場なんだ」なんてことが自然に頭に浮かぶ。

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とはいえ百年以上の歴史は、クラブハウス内のあちこちに「歴史の重さ」が現れている。
木のロッカーの佇まいや、光を取り入れる窓からの光線や、さりげなく置かれたクラブの成り立ちの記念品の数々...
バブルの頃に関東でたくさん作られた、金貸したちの作った新設コースでは絶対に存在しない空気がここにはある。
必要最小限だが確かにある、アプローチ練習場やバンカー、練習グリーンや鳥カゴもニヤリと笑わせる。

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そのスタートホールは僅か170yのパー3だが、神戸の街と瀬戸内海に向かって打ち下ろす雄大なホールだ。
この神戸ゴルフ倶楽部はパー61、パー4が7つでパー5は無く、残りの11ホールはパー3というコース。
関東にあったら「ドライバーも使えるショートコース」扱いだろう。

以前にも書いたが、ゴルフがパー72を基準としてそこをいくつで回ったかを争うようになったのは、ゴルフの試合がテレビで放映されるようなってからの事。
それ以来、単に視聴者にその時の情勢がわかりやすいように、ゴルフを「数字の競争」にしてしまったのが現在に続いている。
そもそものゴルフの面白さはライバルとのマッチプレー
同じコースで条件が同じなら、自然条件も駆け引きもその日の酒を美味しくするスパイスであり、ライバルがさらに長く熱く付き合うための道具でもあるのだ。

「ドライバー打てないじゃないか」とか「みんなワンオンだ」なんてほざくゴルファーは、他のコースでやった方がいい。

ここは「ゴルフがやりたくてもゴルフ場がなかった時代に、それならと自分たちで手作業でゴルフ場を作っちまったゴルフ狂達の聖地」なのだ。
ここには限られた本数のクラブで、山登りに近い自然丸出しの地形の中、息を切らしながらライバルより1打少ない打数で上がる事に情熱を傾けたゴルファー達の、喜びと悲しみの声が染み込んでいるのだ。

ヒッコリーで遊ぶのに、これほど向いたゴルフ場も無いだろう。
初めは各ホールのことを書こうと思っていたが、手元には二年前にここをラウンドしてしっかりとホールのこと書き留めた「松村博士」の原稿がある。
なかなか商業誌では売れない(発表出来ない)のだが、各ホールの話は彼に任せて、俺は自分のゴルフで楽しんだ事を書いておこうと思う。

あと2~3回く予定。