ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

泣き女

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自分は泣かない女、だと思っていた。
小さい頃に、いじめっ子にいじめられて泣いた事はあったけど、30歳も半ばになるまで私が泣いた顔など誰も見た事が無いはずだ。

姿形は気にした事は無いけれど、学生時代は「美人だ」とか「奇麗」とか言われた事はある。
なぜか「可愛い」とは言われなかったけど。
男性に人気はあったようだが、特定のボーイフレンドはいなかった。

付き合いたいと言って来た男はみんな断った...そう言った男達が「冷たい」とか「気が強い」とか言っているのも知っていた。

学校を出て、一応やりたかった仕事に就いて、真面目に懸命に仕事を覚えやりこなせるようになって来たとき、社内で「気の強い美人」だとか「絶対に泣かない女」だとか、果ては「鼻持ちならん女」とまで言われていると同僚が教えてくれた。
自分では好きな仕事に就いて、女だからと言って男に負けないように頑張っているだけなんだけど。
学生時代と違って、男達が遠巻きに自分を見ているのは判っている。
社会人の男としては、気の強そうな女にちょっかい出して、メンツを潰された上に社内の評判が悪くなるのを警戒しているんだろう。

別にそれが不満でもなかったが、独身の女性としてはちょっと寂しい部分もある。

30を過ぎた頃に仕事の付き合いもかねてゴルフを始めた。
しかし、自分では運動神経は普通だと思っていたが、あの動かない小さなボールが上手く打てない。
練習場でスクールに入って、週一回レッスンプロに教わっているけど、うまくいかない。
勉強だって仕事だって、今まで男に負けずにやって来たんだから、ゴルフだって努力すれば上手くなるはずだ...そう思って、プロの言う事を聞いて練習しているんだけど。

特にコースに出ると、何をやってもうまくいかない。

ティーショットがバラつく、フェアウェイウッドはチョロする、アイアンはダフる、アプローチはザックリとトップを繰り返す、パターはほんの30センチまで外す...
それに、ルールブックやマナーの本も勉強しているから、同伴競技者に迷惑を掛けまいと必死に早いプレーを心がける。
しかしそう思えば思う程、ボールは自分の思う所とは違う方向に飛んで行く。

...会社のコンペでの事だった。
やっぱりうまくいかないプレーが続いたあと、ちょっと深いバンカーに入れてしまった...それが、何回打ってもボールが出ない。
「すみません」と言って、なんとか「出すだけで良いから」と思って打つんだけれど...
4回、5回までは覚えていた...何回打ったか判らなくなったとき、涙が目からこぼれているのに気がついた。
見ていた男達は、バンカーから出ない状態よりも、私の涙を見て驚いているようだった。

何回目かは判らないが、やっとバンカーからボールが出た時に、他の3人の男性は私の顔を見ずにいそいそとバンカーをならしてくれたり、パターを渡してくれたり、声をかけてくれたり...

今までの、ちょっと距離を置いたよそよそしさが消えて、凄く好意的に気を使われているのを感じた。

...次の週から、会社での自分の評判が変わったらしい。
「バンカーで泣くなんて、可愛い所があるじゃない」とか「いつも怖い顔しか見ていなかったから、泣き顔にドキッと来た」とか、あの組で一緒だった男達が噂を振りまいているらしい。

「クソ!」
一生の不覚だった。

...でも、ゴルフをやめる気は全然ない。
泣きたい気持ちになる事が殆どだっていうのに、すぐにまた次のゴルフをやりたくなる。

それに、あの日バンカーで久し振りの涙が出てしまったら、なんだか自分の肩の荷が少し軽くなったような気がするし、男達にむきになって張り合う気も、少なくなった気がする。

あれから男達が自分に向ける目に好意的なものが増えて来た。
どうやら私の評判に、やっと「可愛い」の言葉がついたらしい。

でもね。
...今に見てろ、いつか笑い顔でお前達に勝ってやるから...