ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

清涼剤

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Tさんと、Mさんと、Sさんの3人は、もう10年を越えるゴルフ仲間で、ライバルだ。
3人は、地元の駅前スポーツクラブの水泳教室で知り合ったのだが、その後すぐにお互いがゴルフを始めていたことを知り、スポーツクラブよりゴルフ場での付き合いの方が多くなった。

年齢は3人とも50代半ば、それぞれ一つずつ違う。
Sさんの夫は地元で医院を経営し、Mさんの夫は東京で公認会計士の事務所を開き、Tさんの夫は地元で安定した製造業の社長...ということで、3人の経済的な状況はそれほど差が無く、ここ数年は毎月2~3回は3人でのラウンドを重ねている。
それぞれ、夫と一緒の会員権を持っているので、順番にそれぞれのコースに行くことが多い。

仲は良いのだけれど、ゴルフに関しては競争意識が強く、「スコアと飛距離での勝った負けた」は3人の人生の一番の関心ごとになっていた。
あるコースで誰か一人が飛距離で圧倒すると、その使っていたドライバーを見て、次のラウンドでは他の二人も同じドライバーを手に入れていた。
パターも同じ・・・誰か一人がそのラウンドで入れまくると、次のラウンドでは3人同じパターになる。

...そんなことが長く続いて、最近は少し行き過ぎているような気もしていた。

そんな時に、Tさんの紹介でHさんが仲間に入ることになった。
Hさんは3人より一回り若い40代半ば。
Tさんが順番で町内会の班長をやった時の副班長で、Tさんを実に良く手伝ってくれて仲良くなった。
その時の会話の中で、Hさんもゴルフを好きだというので仲間に誘ったのだ。
Hさんは、ゴルフは会社員の夫に勧められて始めたものの、普通のサラリーマンの収入では二ヶ月に一回のゴルフを楽しむのがやっとの状態なので、裕福そうなTさんに誘われても迷っていた。
夫と相談して、パートの収入をゴルフに回して月に一回のゴルフを楽しむ、ということで仲間に入れてもらう事にしたのは、誘われて3ヶ月後だった。

月に数回一緒にラウンドしていた3人は、Hさんの経済状態を考えて、月に一度だけプレーフィーの安いコースで、Hさんを入れた4人のプレーを楽しむ事にした。
...Hさんは、最初は緊張していたものの、実に楽しいゴルフをした。
スコアは3人より良くないものの、きびきびと動き、気持ちの良い謙虚なゴルファーだった。

ドライバーの得意なTさんにドライバーのコツを教わり、アイアンやアプローチが得意なSさんのプレーをじっと見てやり方を聞き、パットの上手いMさんの距離感やタッチの出し方を参考にした。
上手く行かないことを真剣に質問して、必死に教わろうとするHさんの姿勢に、3人の意識が微妙に影響され始めた。

経済的に厳しいので、数年前の古いモデルのドライバーで一生懸命にスイングし、時には新型の3人のドライバーをアウトドライブする。
教わったアプローチが上手くいってピンに寄ると、本当に驚いた顔をして飛び上がって喜ぶ。
長いパットが教えられた通り打てたり、難しいラインのパットを注意を守って入れたりすると、嘘の無い尊敬の眼差しで走り寄って感謝する。

3人は教えた手前、Hさんに負けていられない気になる。
もっといろいろ教えられる程、自分の得意な物を練習しなければいけない。
飛ぶ道具だとか、入るパターだとか言っていられない。
何しろ、もっと古い、旧式のクラブで自分たちに迫って来てるんだから。
Hさんが入るまでに増えて来ていた、3人がお互いに足を引っ張り合うような雰囲気が無くなった。
3人で顔を合わせると、「Hさんに負けないように」「Hさんをいつまでも教えられるように」と、真剣に練習しに行くようになった。

何となく淀んで来たようだった3人の間の空気が、なんだか窓を開けて換気したように新鮮になった。
月に一度のHさんと一緒のラウンドの時、3人はHさんのために自分のために、胸を張って立派な先輩ゴルファーとして存在し続けようと気合いを入れる。

3人のゴルフは、Hさんが入って来る前よりも確実に良くなった。
ゴルフを楽しむ気持ちも強くなった。
もっといいゴルファーになろうという気持ちは、更に強くなった。

まるで一服の清涼剤。
Hさんの存在に、3人は感謝しつつ、今日も練習をする。