ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

覚悟

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今度の大震災と、津波と、それによって起こされたフクシマ原発の問題は、いわば国家存亡の危機であると思っている。
第2次大戦後続いていた、一つの時代の流れというものがこれによって変わってしまうだろうと感じているし、この事態によって我々日本人の価値観も確実に変わりつつあるように見える。

やがては、今迄にも何度かあった「モーレツ」から「のんびり行こうよ」というような、「気持ちの持ちかた」や「生き方」への反省と変換が、完全に起きるのではないかと予想している。

しかし、今はまだ大混乱の収まっていない時期。
いろいろと不満や疑問や怒りがあっても、現実にこの災害に対処している政治や官の動きに対しては、足を引っ張るような意見は我慢して言わないで来ていた。
今政権の座にあるのは、代わったばかりで素人のような政治家達の集団である党。
野党の第1党が、今迄日本をこんな方向に引っ張って来た旧来の政党。
フクシマで対応しているのが、慣れていない新米の政党...批判しているのが、フクシマをこういう状態に作り上げた張本人の政党。
だから、あえて、この政権のフクシマ原発への対応に批判を書かないようにして来た。
もたもたしていても、ぎこちなくても、誠実に対応しようとしているのなら、と。

...しかし、この政権の幹事長やら官房長官やら...ホントにバカヤローじゃないか。
天皇陛下でさえ、被災者と会う時には平服で、高齢なのに汚れるのもかまわずに被災者達と避難場所で触れ合って励ましてくれている。

しかし、(例え原発の近くで、実は発表していない強度の汚染を知っていたとしても)被災地の人達が平服でいる場所に、防護服を来たまま脱がずにいて、ゴム手袋をしたままで握手する神経が信じられない。
こいつはとんでもない馬鹿、失格だろう...人として政治家として。

ずっと防護服を着ていた官房長官も幹事長も、そんなに自分の放射能汚染が心配なら、さっさと政治家を辞めるべき。
どんな政治家も選挙の前には、「国民のため」「市民のため」「有権者のため」に政治家を目指し頑張ると言っている。
その有権者や国民は、政府の言う事を信じて裸で放射能に向き合っている。
...それが...
彼等が原発の汚染地域に入る時の、仰々しい防護服の準備とその行動を見る度にがっかりしていた。
その姿には、自分たちだけ特別に熱心に防護服を着込み、自分たちだけは絶対に放射能に触れない、という偏執狂的な用心深さが見えたから。
それが、最近の二人の現地の人達との接触する場面の行動で、はっきり確信出来た気がする。
...こいつらには、政治家としての覚悟が無い。

国民のためを思う政治家ならば、やせ我慢でも見栄でも、パフォーマンスでもいいから、安心させるような行動をとってみたらどうだ。
覚悟の無い政治家に、日本の進路を任せておきたくはない。
かといって、彼等の代わりにまともな政治家がいるのか、というと....

こういう大災害の後だから気がつく事かもしれないけれど、今我々の一番反省するべき事は、本物の政治家を育て上げる事を、怠って来た事なのかもしれない。