ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

二百年モノのミシシッピパーシモン

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むかしむかし、ドライバーと言えばパーシモンが当たり前の時代の事。

今の家に引っ越す前に住んでいた町に、小さなゴルフクラブの工房があった。
その工房でオーダーメイドで作ってくれるパーシモンドライバーは、値段もそれほど高くなく、作ってもらったあとの微調整もちゃんとしてもらえるので、地元の腕自慢のゴルファーの間では評判となっていた。

その工房の近くの練習場では、常連として練習している人の殆どがその工房で作ったパーシモンドライバーを使っていた程だった。

工房の主のYさんは、年齢は私より少し上の若さだったけど腕は確かだった。
パーシモンウッド作りで有名な先生のもとで修行したとかで、例えばドライバーを注文すると、そのゴルファーの癖や希望するする弾道を何度も相談して、ロフトからシャフトの堅さからドライバーヘッドの形状や木目やフェースの開き具合まで、好みに合わせて作ってくれた。
さらに、実際のラウンドでの結果をもとに更にフェースを削ったりして調整し、その人に合わせてくれた。

私もそこで2本のドライバーを作ってもらった。
一本は飛ばし優先のハードなもの。
もう一本は冬や体調が万全でない時用の優しいヤツ。
結果は満足していた...値段は当時の有名メーカーのに比べるとずっと安かったし。

しかし、Yさんの工房の一番の売りのドライバーは、私には手が出ない高いもの...一流メーカーの一流品並みの値段のドライバーだった。
一度そのドライバーの事を聞いた事がある。

高い原因は、そのドライバーが本当に手間と時間をかけた素晴らしいものだから、という事だった。
素材のパーシモンは本物のミシシッピパーシモンの二百年もの。
(この二百年もののミシシッピパーシモンは、その当時もう資源の枯渇が問題となっていて普通の業者には手に入らないものだった...噂では日本の大手業者が殆どを買い占めて値段がつり上がった結果、乱獲になってしまって問題が大きくなったとか)
その貴重なミシシッピパーシモンのブロックをどういう訳で手に入れたかは教えてくれなかったが、そのブロックをオイルに5年以上漬けて、その後何年も乾燥させて素晴らしいオイルハーデンドのヘッドを作るからだと言う。
聞いた話ではYさんはそのブロックをかなりの数持っていると言う。
そして当人も「私はこのブロックでまだまだ沢山の素晴らしいドライバーが作れる」、と自慢していた。
この素材にこれだけの手間と時間をかけたクラブは、大手の一流品よりずっといい「本物」だとも自慢していた。

が、時代が変わるのは速かった。
メタルヘッドのドライバーが登場し...メタルヘッドの時代は、まだパーシモンが感触や操作性の面で対抗出来た。
しかしチタンヘッドの登場で、流れは一気にパーシモンから去って行った。
(この変化の原因の一つが先に書いた、ミシシッピパーシモンの乱獲による枯渇問題...自然破壊がアメリカで問題になったからとも言われている)

その後しばらくの間は、Yさんの工房も頑張っていた...しかし、その後メタルヘッドやチタンヘッドのドライバーやアイアンセットの製造も手がけたが、パーシモン時代の様な評判にはならずにやがて店を閉めた。

そんな話を聞いて、「あの自慢の二百年もののミシシッピパーシモンはどうしたんだろう?」といつも思っていた。
長い時間オイルに漬けて、十分な時間乾かして...きっとさぞかし手応えの良い美しいブロックになっているんだろう、と。
しかし、あるとき彼の工房のあった場所を訪ねてみると、そこは売り家となっていて誰も住んではいなかった。

それから十年以上...ひょんな事から彼の噂を聞く事になった。
あのミシシッピパーシモンの事も一緒に。
...舞台はパークゴルフ
パークゴルフというものが最近人気が出て来て、大量のミシシッピパーシモンを(二つの倉庫に一杯の量とか)在庫に抱えていたという大手の本間ゴルフが、パークゴルフ用のクラブにミシシッピパーシモンを使った高級品を売り出して評判になっている、と言うニュース。
そしてその評判を聞いたYさんが、(まだ持っていた)あの二百年もののミシシッピパーシモンでパークゴルフ用のクラブを作ろうとしている、と。

調べてみると、パークゴルフというのはまだ歴史は浅いが、ゴルフに比べるとクラブは一本だけという事で高齢者や初心者が楽しめて、場所も専用コースでなくても使われていない時期の野球やサッカーのグランドや、それほど整備されていない空き地でも出来るゴルフに似たゲーム。
適度な運動と、何よりそのクラブで打つプラスチックボールの感触が気持ち良いらしい。
そしてその人気が高くなり、更に参加者が高齢者中心という事で、余裕がある人は道具にかけるこだわりが(釣り竿と同じように)あり、打感のより良い5万円以上の高級なクラブ...(その殆どがパーシモン製のもの)が良く売れているらしい。

なるほど。
これは二百年もののミシシッピパーシモンの出番かもしれない。
一度やった事があると言ううちの奥さんに聞いてみると、ゴルフより易しいので安物の貸しクラブでもちゃんと当たるし、打った感じも気持ちが良いし、結構ハマるとか。
クラブの値段を見てみると、安いのは数千円から一番高いクラブは10万円を超えているのだからYさんの活躍する場も出来るかもしれない。
それに資源枯渇・自然破壊の問題まで引き起こして集められた、貴重な二百年もののミシシッピパーシモンが、ただのゴミとして廃棄されないでその独特の感触の気持ち良さを味わってもらえるなら素晴らしい事だろう。

ただ、このパークゴルフのクラブというのは、ゴルフのドライバーのようにロフトが無い一種類だけ。
だから、木目の入り方や全体の微妙な形状しか、Yさんの素晴らしい技術が発揮される場所は無い。
しかし、あの二百年もののミシシッピパーシモンを使って、打感が最高のクラブをそんなに高い値段ではなく作って売れば、きっと評判になるだろう。

...出来るなら、私は今でもあの当時高くて手が出なかった「二百年もののミシシッピパーシモン」でドライバーを作って欲しいんだけどなあ...安く、ね。


(付記・ミシシッピパーシモンというのは、ミシシッピ川流域に生えるパーシモンの事でドライバーの素材として最適の品質と言われていた。
特にその二百年くらい経ったものは年輪が詰まり、その木目の美しさ、渋の多さ、糸巻きボールでの打感の良さ、丈夫さ,反発性能...どれをとっても世界最高の評価で、プロや上級者が金に糸目を付けずに欲しがったものだった。
それを長時間オイルに漬けて内部まで含滲させてから、更に長時間かけて自然乾燥させてからヘッドを作ったものは、更に飛距離や丈夫さが増し打感も良くなったが...値段も高かった。)