ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

巡礼

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「まるで巡礼の旅ね」
ヤツの世話を唯一している、ヤツの姉さんにそういわれた。
2年ぶりに鹿児島のヤツを見まい、10年ぶりに長崎の「田舎暮らし協奏曲」の金子さんに線香を上げるつもりの旅の事だ。

まあ、宗教的な「巡礼」の意味は、聖地を巡り自分の宗教意識を高め、宗教上の恩恵にあずかろうという行為なんだけど...そんなことで少しでも自分が救われるという意味では共通しているかもしれない。


29日の朝9時少し前に、ヤツの入院している病院の受付に着いた。
少し待って大きな歩行器を押してゆっくり歩いて来たヤツは、2年前より痩せてすっかり年をとってしまったように見えた。
ヤツに向かって手を挙げると、一瞬笑って危なっかしい格好で右手を少し上げた。

こまごまとした外出の際の注意を聞いた後、まずどこに行きたいか聞いた。
...何か言葉を発するのだが、どうしても意味が聞き取れない...理解出来ない。
こっちは焦り、ヤツも困った顔をするのだが、意味が判らない。
そこで、「まず自分の家に行こう」と言うと、コクンとうなずく。
ヤツの家の近くに住むお姉さんに連絡し、家を開けておいてもらう。

その家に向かう途中、2年前ははっきりと家までの道を指で示せたヤツが、途中で道が判らなくなり途方に暮れる。
そこでカーナビに住所を入れてなんとかたどり着く...

ヤツの両親の代から住んでいた大きな家に入ると、本当にホッとした顔をする。
姉さんが「2年前にお二人が連れて来てくれて以来なのよ、家に入ったの」と。

「え?」
「ヤツの子供達は、見舞いに来ないんですか?」
「全然!」
「息子も、娘二人も?」
「全然...2年前から一度も!」

ヤツは、子供を大事にしていた...少なくとも俺よりずっと。
大恋愛で結婚し、長身でハンサムなヤツと小柄でかわいらしい奥さんは、当時人気があった「チッチとサリー」の漫画みたいだと奥さんが自慢していた。
子供をほしがり、「男の子を9人揃えて野球のチームを作る」とか、生まれた長女を見て「こんなかわいい子はいないから芸能界に入れる」とか鼻の下を伸ばしていた。
色々とあの時代に聞いた話では、うちの子供達への小遣いの十倍は子供達にあげていたようだし、よく子供達にお金を使っていた。

正直言ってヤツとは、2年弱酒を飲んだりした後大阪のデザイン学校の先生になったので、その後は年に1~2回ヤツが東京に来た時に酒を飲むくらいの付き合いだった。
ヤツの結婚生活、夫婦生活がどうなっているか、家庭がどんな風かは全く知らない。
ただ子供達に車を買ってあげたとか、長女がCMに出ているとかは、ヤツ自身の口から聞いていた。
そして先生を辞めた後、写植の会社を興し、一時はダイエーの仕事を受けていて羽振りが良いとかも、噂で聞いた。
そして従業員が20人を超え、新しい数千万とかの写植機を入れた後、時代がパソコンの時代に変わった事。
やがて、会社が傾き、会社を追われ、離婚し、子供は奥さん側に付き、ヤツ自身は母親の面倒を見るためもあって鹿児島に帰ったと...

そして、病に倒れ、ずっと入院しているのに、子供が誰も面会に来ない。
ヤツのお姉さんが子供達に連絡をしても、反応が無い...。

ヤツはそんなに酷い父親だったんだろうか。
そんなに面会にも行きたくないような、父親だったんだろうか?
子供達はそれぞれ結婚し、その結婚式にはヤツも参加したと聞いている。
その子供達は、裕福な家であったり、普通の家であったり、それぞれ生活をしているが、病院の様々な経費他はヤツの姉さんが年金から払っている。

...行きたい所は、ヤツが倒れる直前までバイトしていた宅配便の仕事で、いろいろと世話になったという山奥のお店のオバさんの所だった。
そこに連れて行き、「次ぎに行きたい所は?」と聞くと「トンカツが食べたい」と。
病院食ばかりで、味のはっきりしたものが食べたいのだと。
そこで、以前ヤツが気に入っていたという店に行き、そこでトンカツ定食を食べる。
スマートで格好良かった男が、不自由な手で食べるのに苦労しているのは見ているとつらいが、時間をかけて美味そうに完食してくれた...

しかし、まだ2時前だというのに「もう、病院に帰りたい」
「疲れた...」
他に行きたい所は?
「病院でいい」
まだまだ行きたい所があれば、と思っていたんだけれど...身体に無理をさせる事は出来ないので、病院に送る。

車椅子に乗せて病室に送る時、こちらの顔を見ないヤツに「また来るからな、もう少しあちこち行けるように身体を鍛えとけよ」と言って、握手をした。

ドアを出る前に振り向くと、ヤツは一言も声をあげずに泣いていた。


「なんで誰も来ないのに、あなた達は来るの?」
ヤツの姉さんに訊かれた。
「ヤツと俺が逆の立場だったら、ヤツはそうすると信じているから」。
多分、ヤツは俺がもっと若くして死ぬような事になった時、「残される奥さんと娘達を頼む」と頼めば、ヤツはきっと誇りをかけて気にかけていてくれるだろうと信じているのだ...そういう男気があるヤツだと思っている。
...若い頃、軟式野球だったけどチームを作り、当時東京でかなり強豪というチームと試合をした。
3点負けていた最終回、4番のヤツはデッドボールをよけずに身体で受けて満塁にした。
その時俺の顔を見て「あとは任せた」と真剣な顔で言いおいて一塁に向かった。
高校野球で名を馳せプロからスカウトされたヤツが、野球は本業ではない俺を信じてボールを身体で受けた...「まかせろ」。
満塁ホームランでその強豪チームに逆転勝ちした、漫画のようなエピソードが記憶に残る。
あれ以来、ヤツは俺を「一番のツレ」と知り合いに紹介して来た。