ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

氷の世界に

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本当に、絶対に、全くやりたくないのに、真冬の1月の終わりにゴルフ場に来てしまった。
長い間のライバルのF子に、無理矢理付き合わされたのだ。
Kさんは、秋のゴルフシーズンの終わりの頃、「もうゴルフなんかやらない!」と宣言したのに。

F子とは、十年程前に一緒にゴルフを始めた。
年齢はKさんの方が二つ上だが、子供が同じクラスだった事で知り合った。
子育てが一段落した頃、二人でお茶やカラオケや、バスの日帰り旅行なんかで一緒に遊んでいたのだが、何かもっと長く楽しめる事を、という事で近所のゴルフ練習場の教室に一緒に入った。
二人とも、夫が仕事がらみで先に始めていたので、そのうちに夫婦二組でなんてつもりもあった。

上手くなるのはKさんの方が速かった。
F子は基本的に球技が苦手なようで、当たるようになるまで時間がかかったし、なかなかコーチの言う事が出来ずに繰り返し単純な動きを練習させられていた。
それに比べると、学生時代にテニスをやっていたKさんは飲み込みが早く,上達も早かった。

それからずっと、ほんの一~二年前まで、KさんはF子にスコアで負けた事が無かった。
しかし、ゆっくりと、でも確実に上手くなって来たF子が追いついてきた。
最近はF子が上手くなって来たのに反して、自分のスコアが悪くなって来て、僅差で負ける事が続いて来た。
そんな事は我慢出来ない、とKさんは練習に力を入れ、クラブを換え、レッスン書を読み返し、今までに無く真面目にゴルフに取り組んで来た。

しかし、そんな思いと裏腹に、時が経つ程にもゴルフがまとまらなくなって、スコアはどんどん悪くなっていった。
いつもそれほど調子の変わらないF子に比べて、Kさんのゴルフはちょっと悪いとすぐに酷く崩れてしまうようになった。
決して投げてない、むしろ今までに無く真剣に懸命にやっているのに、スコアはどんどん悪くなって行く。

去年の秋、やはりこれまでになく必死に練習を重ね、気合いを入れて望んだ練習場のコンペで、Kさんは惨敗した。
殆どビリのスコアで、F子にも完敗だった。

そこで「あたし、もうゴルフやらない!」と宣言した。
絶望で、それ以上何も言えなかった。

...そんな事ちっとも覚えてない、というようにF子に真冬のゴルフに誘われた。
「やらない!」と言ってるのに、そんな事聞こえないというようにF子は勝手にコースを予約し、夫や仲間に「Kさんと一緒にゴルフに行く」と言い回るものだから、どうしても行かなければいけないような雰囲気になってしまった。

そして、嫌々来た真冬のゴルフ場。

想像した通り、何処も霜で真っ白で、池やクリークが凍っているのは当たり前。
グリーンも、ティーグランドも、フェアウェイも、通路やカートの座席までがカチンカチンに凍り付いていた。
ズボンの上にオーバーズボンを履き、冬用下着にセーターや防寒着やマフラーや、両手手袋や無数の簡易カイロに毛糸の帽子にマスクまでして、まるでダルマか太り過ぎの狸のようになってプレーすることになった。
当然身体も回らないし、ちゃんと当たりもしない。
ティーはトンカチみたいので打ち込まないと刺さらないし、指はかじかんでボールを掴めない。
...しかし、池に行ったボールは、氷の上を滑って行って向こう岸に上陸したり、チョロかと思ったボールは凍ったフェアウェイを何処までも転がって、いつもと同じ所まで行ってしまったり...
あるいは、たまにちゃんと当たったのは、グリーン上で信じられないくらい高く跳ねて、遥か先まで行ってしまったり。
あるいは、バンカーかと思ったのが、凍った砂で跳ねてグリーンに乗ったり、ビビったパットがコンクリートの上を転がるようにオーバーしたり、いい感じで打ったパットは、ボールに霜がついて行ってUFOのような形になってカップ直前でぱたりと倒れたり...

Kさんは最初はぶつぶつ言ってプレーしていた。
そして、ふと顔を上げたとき、あまりに澄んだ空の色に気がついた。
もう何ホールも、地面のボールと氷の世界を見ていただけだったのに、頭の上にはこんな奇麗な空があったんだ...

何となく、Kさんは笑い出してしまった。
おかしなものだ、冬のゴルフは。

私は何をしてたんだろう?

F子の方を向いて笑いかけると、F子も笑い返して来た。

涙が出て来た。