ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

天才

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Hさんは40歳前に夫に勧められてゴルフを始めた。
練習場で教室に入り、一からゴルフを教わり出してもう10年になる。

ゴルフの面白さにだんだんはまり込み、「今の生活の中心は月一回のゴルフ」と言うくらい、ゴルフを楽しんでいる。
しかし、スコアは100を切るか切らないかという所から抜け出せないでいる...と言うより、よっぽど調子が良くなくては100を切れない。
年に2回くらい100を切れれば、それなりに満足というレベル。
でも、ゴルフを始め、ゴルフを楽しみ続ける事によって、自分の世界が広がり友達が増えた事がなにより嬉しいと思っている。

そんな時に、いつも思い出す人がいる。
4年前に町内会の会合で知り合ったNさんの事。
5歳年下で、明るくさっぱりとした女性で、礼儀も正しく、初対面ですっかり意気投合してしまった。
旦那さんが少し身体が弱いとかで、ずっとパートをしながら子育てをしていたという。
でも、最近子供の手がかからなくなったから、自分の楽しみに何かをしたいという...そこでHさんはゴルフを勧めてみた。
「でも、ゴルフってお金ががかかりそうだから..」としぶるNさんを、「大丈夫、道具は私の使ったお古でよかったら、あげるから」と、強引にゴルフに引き込んだ。
Nさんは、キャディーバッグからドライバー、アイアン、パター迄、Hさんの以前使っていた道具を「借りる」という事にして使わせてもらう事になった。
あとは安いボールと安いシューズを買って、とりあえずはHさんと一緒に練習場に行った。
Hさんは、練習場で自分がレッスンプロに教わった通りにNさんに基本を教えた。
しかし、グリップだけは「どうしても違和感がある」ということで、ベースボールグリップになってしまったけれど。
...驚いた事に、Hさんに一通り教わっただけでNさんはボールを打てた。
1回も空振りせずに、はじめこそフェースのあちこちに当たってボールはばらついていたが、やがてビシビシと良いボールが飛ぶようになった。
わずか100球を打つうちに、Hさん自身が自分のクラブで打った事もない距離を打てるようになって行く。
「楽しい! 面白いですねえ!」と、嬉しそうにこちらを振り向く。
Nさんは、自分の驚いている顔を見て、「何か、おかしいですか?」「いいえ、驚いているだけ」...

試しに、三日後に行く事になっていた近くの河川敷ゴルフ場に、一人空きがあったので誘ってみた。
遠慮してはいたが、面白さに惹かれたらしく「邪魔にならないようにしますから、お願いします。」
細かいルールやマナーは、自分で勉強しておくようにと教本を渡して、突然のコースデビュー...
心配よりも、あれほどすぐに打てるようになった人を知らなかった「興味津々」「半信半疑」なんてものと、嫉妬が絡んだ悪戯心もあっただろうと、Hさんは思っている。
しかしNさんは、最初の数ホールこそ慣れずに戸惑っていたが、初心者らしいミスをすると「すくいあげちゃダメよ」とか「頭を動かさないで」とか「バンカーはボールの下の砂を打つの」とかいうアドバイスを素直に「はいっ!」と聞く...すると、それをやってしまう。
前の組のシングルらしい男性のスイングが奇麗だと言うと、じっとその男性のスイングを見ていて、見よう見まねでその男性のスイングに近いスイングをやってしまう。
最初の方で乱れていたので、結局スコアは121だったけど、最後の方ではパー迄とった。

一ヶ月後の2度目のラウンド,,.その間に2回程練習に行ったと言うが、なんと88で回った。

驚いたのを通り過ぎて呆れてしまったが、彼女の明るく喜ぶ姿を見て「天才っているんだ...」なんて、Hさんはもう嫉妬心が起きる事もなかった。

しかし「彼女はこれからどこ迄行くんだろう」、なんていう時に、彼女の身体が弱いという旦那さんが寝たきりになってしまった、と聞いた。

少し経って、Nさんが「お借りしていた道具をお返しに来ました」と家にやって来た。
「楽しかったし、続けたかったんですが、自分が働かなくてはならないのでゴルフをする時間もお金もなくなりますので」
「楽しかったです」
「どうもありがとうございました」

それから、同じ町内でもNさんに会う事は殆ど無くなった。

自分は相変わらず、月一のゴルフを楽しんでいる..。スコアはやっぱり100をなかなか切れないで。
Nさんがもしゴルフを続けていたら、今頃は一体どんなスコアで回っていたんだろう。

...年を取る程に、世の中には「いろんな所に恵まれない天才がいるのかもしれないなあ」、なんて感傷に耽る時間が多くなった。