ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

ああ、未熟

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Mさんは、ある病院の緩和ケア病棟の責任者。
一般にも、カウンセリングの権威として知られた人であるらしい。

こういう仕事が長いと、人間の強さとか弱さ、人間の質とか高潔さとかが世間の評判とは関係ないってことが、良く判るようになるんですよ。
有名な宗教家が、ガンの告知をした途端に取り乱してパニックになったり、学校も出ていないで大工を通して来た人が、冷静に受け止めてこちらに迄気を使ってくれたり...

品の良さそうな、穏やかな雰囲気を漂わせたMさんは、そんな事を言って淡々とゴルフをプレーする。

生死の際に立った人達のカウンセリングを毎日行っていると、どうしても患者さんの気持ちに影響されて、自分迄ちょっとおかしくなって来るような事があるんですよ。
そんな時には、酒を飲んで酔ってしまうか、こんな風にゴルフをして気分転換を図ることにしているんです。
酒だけだと、どうしてもアル中になるくらい飲むようになってしまうんで、今はゴルフが一番ですね。

本当に静かで上品そうな雰囲気と会話は、自分なんかとは別な世界に生きている人だなあ..なんて、妙にこちらの腰が引けてしまうほど。

ところで、「ゴルフというのは、ライのゲームである」とは誰の言った言葉であったか...
どんないいショットを打ったとしても、コロンと止まったボールのライで、いわゆる「ゴルフの運・不運」のスリルを味わう事になる。
Mさんも「ゴルフはノータッチが基本ですから、ライの悪いのもゴルフのうちですよ」なんて、笑ってプレーを続ける。
ゴルフはそれが面白い、と自分で言う。
天気も良く、コースも奇麗で、プレーの進行も良く、4人のパーティー全員がそれぞれ良いスコアを重ねて行った。
「今日はベストスコアが出そうですね」なんて、言いながら。
それでも、それぞれインに入ると大叩きがあったり、パットミスを重ねたりで、Mさんだけがいい調子を維持していた。
17番迄、自分のベストスコアより5打も少ないとペース出来たMさんは、さすがに冷静ではなく、口笛を吹きながら上気した様子でティーグランドに立つ。
ここもやはり、フェアウェイセンターへのナイスショット。
あと二ホール、ボギー・ボギーでもベストスコアを3打更新。
「10年ぶりくらいのベストスコア更新ですよ」なんて、嬉しそうな顔をしながらカートに乗り込む。
高名な医者というより、まるで少年のように。

2打地点、それぞれのボールの所にたどり着いた時に、ふとMさんの方を見ると...ボールの前に立ち尽くしたまま、動かない。
他の3人が打ってしまっても、Mさんはその姿勢のまま。
どうしたのか、と近づいてみると...
ボールは、大きな糞の上に乗っている。
まるで人間のもののような大きなものの上に、そっと手で置いたように見事に鎮座している。
「あらあ」と、Mさんの顔を見ると...初め青白かったのが、だんだんと赤くなって行くのが判る。
それが、普通の顔色を通り過ぎて、どんどんどんどん赤くなる。
しまいには、酔っぱらったような真っ赤な顔になって...

小さな声でやっと言った。
「アンプレヤブル...にします。」
ボールをピックアップして拭いている時に、怒りで指が震えているが判った。

結局、このあとはベストスコアの更新は出来ずに、Mさんも18番を終わる時には以前の穏やかな雰囲気に戻った。
「私とした事が、お恥ずかしい」
「覚えがないくらい久しぶりに興奮してしまいました。」
「偉そうな事は言えませんね。私はまだまだ未熟な人間です。」
「気がつかないうちに少し傲慢になっていたんですね...患者さんに対しても、きっと。」

あとで、Mさんに聞いてみた。
「なんで、あれくらいでそんなに興奮されたんですか?」
「いえ...実はボールの所に行った時、あの排泄物のそばにティッシュペーパーがあったんですよ。」