ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

住所...職業...

イメージ 1

秋の気配が深まる頃、未明に県警の110番に通報が入った。
「誰もいないはずの事務所で物音がする」
通報して来たのはある建設事務所の社員で、残業で遅くなったので仮眠室で仮眠していた社員だった。

この時期、何件かの事務所荒らしが続いていたので、警察は数台のパトカーをすぐに現場に急行させた。
事務所を包囲して中にいるだろう犯人に呼びかけると、数分の後、犯人が素直に出て来た。
黒のジャンパーに黒い帽子、暗い色の手ぬぐいで顔を隠して抵抗もせずに逮捕された。

すぐに最近起きた数件の事務所荒らしも自分の犯行だと認め、事件は連続窃盗事件として解決した...はずだった。

犯人が犯行に使った車はハイエースのバン。
調べると、中から泥棒の七つ道具とも言える数々の手製の道具が見つかった。
それらは広いバンの荷室を改造して作られた色々な棚や引き出しに収納されていた。
また室内はベッドや炊事場が奇麗に作られていて、まるでキャンピングカーの様になっていた。
手先が器用だったらしく、その出来栄えは市販のキャンピングカーに勝るとも劣らない様に見えた。
犯人はこの手製キャンピングカーであちこちで寝泊まりしながら、事務所荒らしを続けていたと言う事だった。

...そして、警察の目を引いたのは荷物の布団や数多くの食品などに混じって、立派なゴルフ用具一式があった事だった。
キャディーバッグにゴルフウェアの入ったボストンバッグ、何足かのゴルフシューズに何ダースかのゴルフボール。
始めは、警察はこれらのゴルフ用品も盗品だと考えていた。
しかし、キャディーバッグには犯人の名札がついていて、Kカントリークラブの名札もついていた。

...警察がこのKカントリークラブに問い合わせると、とんでもない事が判った。
何とこの犯人はこのクラブのメンバーで、クラブ内では有名な強豪ゴルファーだった。
クラブ競技の優勝者の常連であり、何とクラブチャンピオンにもなっていた!

逮捕当時は車で生活していたが、月例などにはきちんと参加していて、次期クラチャン戦でも有力な優勝候補と噂されている存在だった。

逮捕後の彼の状況は不明だが、クラブは彼を即刻除名処分とし、彼のクラブでの競技記録の一切を抹消処分とした。
...長い時間が経った今では、そのクラブの会員も殆どの人がその事を知らず、彼と言うゴルファーがいた事は記憶からも記録からも消されてしまっている。

彼がどんな事情があって車で生活し、泥棒を重ね、競技ゴルファーとして生きていたのかは知らない。
だがクラチャンを獲るまでには、並みのゴルファーよりさらに相当の努力が必要だったろう。
純粋にゴルフを愛し、楽しんでいた時期もあったろう。

だが窃盗で逮捕され、全てが抹消されて、もうかなりの時が過ぎた。

クラチャンを獲りながらゴルファー失格となった男は、今、ゴルフをやめたのだろうか?
それとも、ゴルフと再び向き合っているのだろうか?