ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

2016年マスターズ 4日目

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8時間のゴルフ観戦は、流石に疲れた。

最終日は、と言うより、結局今年のマスターズはスピースが一人で盛り上げ、一人で山場を作り、一人で終わらせてしまった。

悪いけど勝ったD・ウィレットと言うゴルファーは、確かに正確なショットを打ち、確実にパットを沈めてスコアを伸ばして結果を残したが...三日間の強風のゴルフはパープレーで耐えていて、風の弱くなった最終日に5つスコアを伸ばして、結果優勝しただけ...
「優勝争い」の印象に残るものは何も無く、丁度2011年のシュワルテルの優勝の時と同じような感じがする。
確かに強いゴルファーではあるけれど、これから人の記憶に残るようなゴルファーになるかどうかは全く判らない。

ゲームはスピースが動かした。
2番でバーディーを先行させると、5番でボギーとした後6・7・8・9番で連続バーディー...ここで独走優勝は決まったと思えた。
しかし、10番でボギーのあと昨日から不安があったティーショットをやはり右に曲げて連続ボギー...それでも2位には3打差があったのに、12番で右奥のピンを狙って行って池ポチャ....そして衝撃のドロップゾーンからのウェッジショットで大ダフリで再度池ポチャ。
パー3で7を打ち一気に首位陥落...あとは粘っても追いつかず...

まだ22歳の若者、と言う事だろう。
今年のマスターズでは、彼のゴルフにずっと微妙な不安定さを感じていたけれど、二日目三日目と進むに連れてそれはショットの右へのミスとなって現れて来た上に、彼のインタビューの言葉にも彼らしからぬ感情表現が強くなって来たのに違和感を感じていた。
J・スピースはタイガーなんかとは違って、「若いのに」強烈な感情を押さえ込んでクールにプレーするのが特徴だったのに、最近はショットの結果や言葉に感情の揺れを見せる事が多くなったように思う。
「ミスした時の怒りなんかは我慢するより吐き出してしまった方がいい」なんてのが最近の心理学的な学説のように言われているが、ゴルフにおいてはそれは我々レベルの話ではないか。
一流になったものがそんな感情を簡単に表に出す事は、タイガーでもう終わりにして欲しい。
内面の激情・闘志を押さえ込んだ、クールなプレーこそがスピースの魅力なんだから(実際のスピースが「熱い男」である事を知っているからこそ)。

クールな表情は変えないものの、スピースより何倍も口惜しいだろうプレーを続けていたのが、好漢D・ジョンソン。
誰よりも多くビッグチャンスにつけて、誰よりも多くパットを外し続けていた。
スピースの半分でもパットが入っていたら、ブッチギリの独走優勝だったろうに...
このままじゃ、永遠にメジャーに届かない。
何とかならないものかなあ。

期待して、やっぱり応援していた、松山。
昨日書いたように、何とか先にバーディーが来れば...と思っていたのに、いきなりボギー。
新聞やテレビでは「松山優勝争い」なんて書くんだろうけど,実際はアウトでいきなり4つも落として戦線離脱...遥か下の一人蚊帳の外プレーで,「争い」には関係なくの7位タイ。
う~~む。

本当にゴルフの女神ってのは浮気者だ。
15番でウェストウッドがチップインイーグルを決めて一打差になった時、「お!女神はついに彼に微笑んだのか」なんて思ったのに、結局それは16番パー3でのウィレットのバーディーを呼び込む結果となり、ウェストウッドはボギーにさせるし...喜ばせといて突き落とす、性悪な神様なのかもなあ。


さて明日からはそんな神様も関係なく、「見る」事よりも何倍も面白い、自分が「やる」ゴルフシーズンが開幕だ。
まずは15日にホームで。
残り少ないゴルフライフ、それ以降は天気の良い日に出来るだけ多くのコースに...